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私が写真を本格的に撮り始めた頃は、まだまだフィルムカメラが主流でした。小田急の写真ばかりを公開しているこのブログですが、初期の写真はフィルムで撮ったものです。最近写真を始めた方だと、当然デジタルからのスタートになるのでしょうが、昔はフィルムならではの苦労 ... もっと読む
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さよなら運転が行われず、静かに引退していった小田急4000形。地味なラストだったわけですが、晩年の活躍自体も地味なものでした。同時期に廃車が進んだ2600形は、晩年でも優等列車で活躍する姿が多く見られました。しかし、4000形については各停中心の活躍となり、急行や湘 ... もっと読む
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JR東日本の常磐緩行線に小田急の車両が乗り入れるのは日常となりました。9000形から始まった千代田線への直通ですが、長らく小田急から常磐緩行線へは直通しない時代が続いたのです。現在直通している4000形には、登場時からJRの列車無線アンテナを設置することが考慮された ... もっと読む
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小田急1000形4連の中で、唯一クヤ31形の牽引に対応する1051F。クハ1151のみ他の編成とはスカートの形状が異なるのですが、先頭に立つ姿がなかなか見られず、貴重なものとなっています。普段は10連の新宿方に組まれていることが多いので、この時点でクハ1151は中間に入ってし ... もっと読む
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4本が多摩川線用として固定化され、新101系の廃車後も活躍を続けた西武101系の低運車。この4本のイメージが強いわけですが、これとは別に1本だけが多摩湖線にも残っていました。この編成は2008年まで多摩湖線を走っていたのですが、これは新101系の更新を進めるにあたっての ... もっと読む
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小田急多摩線の急行停車駅として、他の駅より少し存在感がある栗平駅。相対式ホームを持つシンプルな駅となっていますが、実は待避線を設置して2面4線にすることを考慮した構造となっているのです。実際に駅を見てみると、ホームや構造物が待避線の設置を考慮していたことが ... もっと読む
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ロマンスカーを除くと、4連が行ったり来たりするだけとなってしまった小田原から箱根湯本までの区間。以前は小田急の急行が直通していた同区間ですが、一部に各停で直通する列車が存在していました。時期により走る時間帯が違うようなのですが、印象的だったのは午後に走って ... もっと読む
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小田急線上からLSEが消え、少しずつ走る姿の記憶が薄れていくのを感じます。2007年に旧塗装が復活してからというもの、意図して沢山の記録を残してきました。そんなLSEの記録の中で、とても悲しい時期が存在しているのです。復活した2007年のことなのですが、小田原方の愛称 ... もっと読む
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テクノインスペクターという愛称が付けられ、検測車として大活躍する小田急のクヤ31形。2003年に竣工した際は、まだ装飾がされておらず、なんとも地味な姿での登場となりました。小田急に3000形をベースにした検測車が登場する、そんな噂が登場の少し前から流れていました。3 ... もっと読む
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現在は全線で10両が走り回るようになった小田急線。かつては途中駅での分割併合が多く行われており、前の6両と後ろの4両で行先が異なる列車がありました。時期によって分割の中心となる駅は変化しましたが、江ノ島線が絡む列車は相模大野で行われています。小田原線も相模大 ... もっと読む
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