最近は末端区間でも6連が走るようになった小田急ですが、以前は4連の各停が主力でした。
時期によって色々ですが、分割急行の晩年においては、新松田で切り離された4連が、各停として小田原を目指す運用が多かったように思います。

20180527_06

写真は4連で小田原を目指す4000形です。
これが新松田まで急行だったのかを確認はできないのですが、多分そうだったのではないかと思います。

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