複々線化の進展に伴い、2013年3月23日に地下化された小田急の下北沢。
地下化後は、地下2階を緩行線、地下3階を急行線として利用しています。

現在は上下階それぞれで島式ホームとなった下北沢ですが、地上時代を思い出してみると、かなり変な構造になっていました。
上下線の間にホームがあるのですが、それを使うのは下り列車のみで、上り列車用には別のホームが外側に設置されていたのです。
なぜこのような配置になってしまったのでしょうか。

下北沢の歴史はかなりややこしく、開業時は一般的な相対式ホームを備えた駅だったようです。
その下北沢に変化が起きたのは、1933年の井の頭線の開業でした。
現在は京王の路線となっていますが、当時は帝都電鉄の路線であり、近年まで京王帝都電鉄という会社名にその名残がありました。

その井の頭線の開業に合わせ、乗り換えの利便性を良くする目的で、小田急の駅は島式ホームへと変更されました。
高速走行を意識していた小田急は、駅の前後が曲線となる島式ホームを極力避けていたので、この変更はかなり珍しいものです。

こうして島式ホームとなった下北沢ですが、戦時中に混雑が激しくなってしまい、上り線の外側にホームを新設しました。
こうしてあの変な構造が生まれたのです。
余裕がある時代であれば、通常の相対式ホームに直しそうなものですが、それができるような状況ではなかったのでしょう。

20190316_04

変な構造となった下北沢は、編成の増強に合わせてホームも延長され、小田原方向に長くなっていきました。
乗降客数の増加に合わせて改良された駅構内は、迷路のような構造となっていきました。

その下北沢は、地下化により再度島式ホームとなりました。
時代に合わせて姿を変えた下北沢が、結局島式ホームで完成形に落ち着く、不思議な巡り合わせですね。

Odapediaを応援して下さる方は、以下のリンクを1日1回クリックしていただけると嬉しいです。

鉄道コム

にほんブログ村

人気ブログランキング