1982年に登場し、中型車の置き換えを進めた小田急8000形。
5年間に渡って増備された8000形ですが、その間に何形式を置き換えていったのでしょうか。

8000形が運用を開始した当初、ABFM車を中心とした中型車運用は、全部で6運用ありました。
ABFM車を全て8000形が置き換えたように見えますが、8000形の登場以前に2200形の2両と2300形の4両が廃車されており、2300形は5000形によって置き換えられたことになります。

8000形による置き換えは、ダイヤ改正に合わせて一斉に置き換えるのではなく、落成に合わせて運用を変更していくというものでした。
1983年のダイヤ改正で運用を開始して以降、次の改正までに中型車の6両は3運用まで減少し、2200形の正面2枚窓車は全廃となりました。

続く1984年のダイヤ改正以降もABFM車の置き換えが進み、残っていた3運用も6月28日までに消滅しました。
ここまでで、2200形、2220形、2320形の3形式を置き換えています。

その後は分かりやすいことですが、ひたすら2400形を置き換えていくことになります。
この時期は8000形によって2400形を置き換え、廃車となった2400形の機器を流用し、4000形を新性能化していくという流れになっていました。

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2400形の全編成を置き換えることはなく、一部は1000形により置き換えられていきました。
8000形は、中型車の4形式を置き換えたことになります。

短期間で多数の形式を置き換えていった8000形。
その8000形もいよいよ小田急の慣例だと、置き換えの時期を迎えます。
1日でも長い活躍を願っていますが、後悔しないように今から記録に励んでおきたいものですね。

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