300両以上が製造され、小田急で最も多く製造された形式となった3000形。
小田急でここまで製造された形式は過去にありませんが、なぜここまで大量に作られることになったのでしょうか。

大量置き換え、それが背景にあったことは間違いないでしょう。
2600形、4000形、9000形、5000形、これだけの形式を置き換えたのが3000形です。

しかし、製造年数を見てみると、かなり長い期間になっているのです。
技術が成熟したことで、短期間で大きな変化が起きにくくなったことも背景にあるのでしょう。

ただ、3000形を語るうえで忘れてはいけないことの一つに、前期型と後期型の存在があります。
以前の小田急であれば別形式になるところでしょうが、番台すら区分されずに製造が続けられています。

性能面に目を向けると、各停から急行まで幅広く活躍ができる車両で、2600形と5000形の関係に見られるような、用途による性能差が必要なくなりました。
2600形から5000形までの形式は、一見すると同じような車両ですが、性能によって形式が分かれていたような部分があり、ここに3000形との共通点が見えるのです。

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性能や仕様差で形式を分けた小田急顔の各形式、細かい違いは無視して同一形式とした3000形。
小田急顔も、小田急線上で見ない日はないという形式でした。
形式が分かれていたかそうではないか、その違いが大きいように思うのです。

小田急が同じような車両を大量に作るのは、昔からだったのかもしれませんね。

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