1983年3月22日のダイヤ改正から運行を開始した小田急8000形。
6両から登場した8000形は、5000形と同じような使われ方をしていくことになります。

新形式が登場すると、過渡期に見られるのが短期間しか併結をしない形式の存在です。
3000形が登場した後、4000形がその存在だったように、8000形にもそんな存在がいます。

その形式は何かというと、小田急で最後の中型車となった2400形です。
8000形と2400形の併結運転は存在したのでしょうか。

この改正のダイヤを見ると、8000形は5000形と共通でB1からB31という運用に充当されていることが分かります。
対する2400形は、いくつかに運用が分かれており、11から32というものが2400形のみの運用でした。
他には、35から38という2200形と共通の多摩線運用、5000形と共通の55と56、2200形と6両を組むC1からC6がありました。

これらの運用同士が併結していれば、8000形と2400形の併結が存在したということになります。
ダイヤを見ると、これらが繋がる運用は存在し、併結運転が行われていたことが分かります。

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1982年から箱根登山線に大型車が直通できるようになったことから、2400形の併結運用は少なくなりました。
しかし、8000形ともそんなに長い期間ではないものの、繋がる姿が見られたことになります。

こういった過渡期の光景は、大切に残していきたいものですね。

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