1988年に営業運転を開始し、合計196両が製造された小田急1000形。
約5年の期間に渡って製造され、小田急の中ではバリエーションが多い形式です。

1000形のバリエーションは、両数、東京メトロ千代田線直通装備の有無、側面扉の幅等があります。
これに製造時期の違いによる細かい差異が加わります。

バリエーションが豊富になったことに伴い、所属する両数と比較して車両番号の番台区分が複雑になっています。
今回はそれらの番台区分についてご紹介したいと思います。

まずはスタンダードな番台区分です。
4両が1000番台、6両が1200番台となっており、小田急の標準的な番台です。
1987年に製造が開始され、1000形として最初に登場したのがこれらのグループでした。

4両と6両が製造されてきた1000形ですが、1991年に大きな変化が生じます。
それはワイドドア車の登場で、側面に大きな扉を備えたラッシュ対策車でした。
番号は、4両が1500番台、6両が1700番台となりましたが、形式としては1000形に属しています。

1992年になると、1000形の番台区分をさらに複雑にする編成が登場します。
それが小田急初の10両固定編成で、百の位を使い果たしてしまっていたことから、1040番台が与えられました。

続く1993年には、さらに番台区分がややこしくなる編成が登場します。
1編成しか登場しなかった8両固定編成がそれに該当し、こちらは1030番台が与えられました。
こうして6パターンの番台区分が生まれたのです。

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これだけの番台区分が生じた形式は他にはなく、現在最大両数を誇る3000形でさえ4パターンしかありません。
しかも、改造によって生まれたものではなく、製造段階からそうなっているのです。

1000形が製造されている平成の初期は、輸送力が限界に近付いていた時期でした。
毎年のように試行錯誤が行われたことで、1000形のバリエーションは増えていきました。
こんなにバリエーションが豊かな形式は、今後小田急で登場しないかもしれませんね。