1999年から2004年にかけて設定され、ロマンスカーの愛称としては短期間しか見られなかった小田急のサポート号。
登場当時から不評だったこの愛称について、どんな列車だったのかを中心に今回は振り返ってみたいと思います。

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サポート号は、1999年7月17日のダイヤ改正で登場しました。
さがみ号やあしがら号として運転されていた列車を一本化したもので、同時にホームウェイ号も登場しています。

わざわざ愛称を変更したのには理由があり、停車駅のパターンを増やすことで、短距離での利用を促進するという意図がありました。
同時に短い区間の特急料金が値下げされており、現在の日常利用を定着させるきっかけになったといえます。

その背景として、さがみ号やあしがら号は利用客数が伸び悩んでおり、その状況を解消するために登場したのがサポート号でした。
愛称は社内公募によって決められ、「途中駅にも停車し、ビジネスやショッピングなどの足としてお客様をサポートする列車」という意味が込められています。

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こうして登場したサポート号ですが、単独での運用とは別にえのしま号と併結して走行する列車もありました。
サポえの等と呼ばれていましたが、愛称に統一感がなく、違和感があったことを覚えています。

サポート号には、停車駅のパターンが3つありました。
列車番号によって分かれており、それぞれの停車駅は以下のとおりです。

0101~:新宿・町田・本厚木・小田原・箱根湯本
0201~:新宿・向ヶ丘遊園・町田・本厚木・新松田・小田原・箱根湯本
0301~:新宿・相模大野・本厚木・秦野・小田原・箱根湯本

愛称からすぐに停車駅が分からなくなった反面、各駅からの利用がしやすくなりました。
全てが箱根湯本まで行くわけではなく、途中駅までの列車もありました。

その後、2002年3月23日のダイヤ改正から、相模大野に停車する列車が新百合ヶ丘にも停車するようになりました。

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写真提供:朝霧高原

サポート号には、様々な車種が充当されました。
分割併合を伴う列車にはEXEが限定的に充当されていますが、それ以外にはLSEやHiSEが充当され、時折RSEでも見ることができました。

展望席を備える車両が頻繁に充当されていたのですが、これは当時在籍している車両の構成が理由で、結果的にそうなっていただけといえます。
その後展望席を備えたロマンスカーが減り、現在のような状況になっています。

しかし、サポート号という愛称は長続きせず、2004年12月11日のダイヤ改正で消滅しました。
このダイヤ改正では、ロマンスカーの愛称を行先別とする整理が行われ、箱根湯本を発着する列車をはこね号、小田急線内だけを走る列車をさがみ号として、懐かしい愛称が早くも復活することとなったのです。

こうして短期間で消滅してしまったサポート号ですが、その後のロマンスカーの運転パターンに与えた影響は大きく、転換期の列車だったといえるでしょう。

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