小田急の車両には、前面や側面にブランドマークが掲出されています。
2008年から使用を開始したブランドマークは、小田急グループ全体で使用されており、車両以外でも見る機会があります。

今回は、小田急の車両にブランドマークが掲出され始めた時期や、完了までどのぐらいかかったのかをまとめたいと思います。

2008年3月15日から使用を開始したブランドマーク

小田急グループのブランドマークは、2008年3月15日から使用を開始しました。
この日はダイヤ改正の日でもあり、比較的大きな変更があったことも重なって、新しい小田急のスタートを感じさせるものとなりました。
2007年が開業80年の節目であったことから、ブランドマークを制定する動きへと繋がったのでしょう。

それまでの小田急グループには統一されたブランドマークがなく、車両には社紋やOERのプレートが掲出されてきました。
3000形以降の形式は、側面にあったOERのプレートを省略していましたが、それに代わるものは用意されず、以前よりシンプル化されたようにも感じられました。

ケイプアイボリーの車体にロイヤルブルーの帯を巻いた車両、以前はその姿自体が小田急をイメージさせるものでした。
ロマンスカーも同様で、展望席が設けられているということが、イメージとして定着していました。

しかし、ステンレスやアルミの車体が各社で増えていくと、車両から会社をイメージすることは難しくなっていきます。
小田急と同じ青の帯を巻いた路線も増加し、3000形がJR東日本の京浜東北線の車両に似ているという理由で、前面の帯の幅を変更したともいわれています。



車両自体で路線をイメージをさせることが難しくなったことも、ブランドマークを制定するきっかけとなったのかもしれません。
一方で、京急や相鉄、関西の阪急のように、現在も車両に強いイメージを与える会社もあります。
相鉄は近年になって方針転換をしていますから、かなり珍しい事例ともいえそうです。

ブランドマークはどのぐらいの期間で掲出されたのか

ダイヤ改正の日でもある2008年3月15日から、ブランドマークを掲出した車両が散見されるようになりました。
当時在籍していた5000形から最新型の4000形まで、全ての通勤型車両の前面と側面に掲出され、ロマンスカーも側面に掲出されました。

個人的な印象としては、形式によってはデザイン上無理があったこともあり、あまり好意的には感じられませんでした。
1両に何ヶ所も掲出したうるささもあって、周囲の意見も否定的なものが多かったと記憶しています。

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ブランドマークはかなりハイペースで掲出が進められ、1週間程度が経過するとほとんどの車両が掲出された状態となりました。
過渡期にはブランドマークがある車両とない車両が混在していたのですが、その光景はあまりにも短期間のことでした。

このタイミングでは、80周年を記念した装飾とブランドマークを掲出した車両の併結も見られ、過渡期ならではの面白い光景が見られました。



掲出開始から2週間程度が経過する頃には、ブランドマークがない車両は見られなくなっていたと記憶しています。
あっという間に掲出が完了してしまったため、ある車両とない車両が混在していた期間は、かなり僅かな期間でした。

おわりに

こうしてブランドマークを掲出するようになった小田急の車両ですが、古い車両を中心にデザイン上の無理があるようにも感じられ、私個人としてはそこまでして全車両に掲出しなくてもと思うのが正直なところです。
しかし、車両自体のイメージで差別化をすることが難しくなった現代においては、ブランドマークで主張しなければいけない面もあるのでしょうね。