1978年から始まり、長い歴史を持つ小田急と東京メトロの相互直通運転。
現在はJR東日本も加わり、3社の車両が同じルートを走るようになりました。

相互直通運転の開始から43年、東京メトロから小田急への直通列車はどのように変化してきたのでしょうか。

準急でスタートした相互直通運転

小田急と東京メトロ(当時は営団地下鉄)の相互直通運転は、1978年3月31日から始まりました。
開始当初は平日の朝夕のみの運転で、小田急からは9000形、千代田線からは6000系が相手先に乗り入れることとなりました。

6000系は小田原線の本厚木までの乗り入れが行われ、種別は準急でした。
各駅停車での乗り入れは、都心部のホームが6両までしか対応していなかったため、当時は不可能だったのです。

土休日にも乗り入れが行われるようになるといった変化はありましたが、このパターンは比較的長く、2000年12月2日のダイヤ改正まで続きました。
このダイヤ改正では、相互直通運転を行う列車の大増発が行われ、小田急側の発着駅は相模大野へと変更されます。
本数が増える分、運転される区間は短くなるといったものでした。

このタイミングでは、平日の朝に多摩線から千代田線に向かう列車も設定され、その後登場する多摩急行へと繋がっていくこととなります。
長く続いた準急での運転が、終わろうとしつつありました。

多摩急行の登場から3社での相互直通運転へ

相互直通運転の区間が短縮されてから1年と少しが経過した頃、2002年3月23日のダイヤ改正において、相互直通運転は大きく変化します。
多摩急行の登場によって運転される区間が変わり、ほとんどの列車が多摩線と千代田線を結ぶようになり、小田原線の新百合ヶ丘から先を走る列車は僅かとなりました。
6000系や06系の準急は過去のものとなり、代走等を除いて見ることができなくなります。

多摩急行を中心とした運転は長く続き、徐々に運転本数を増加させつつも、基本的なパターンは変わりませんでした。
2008年には、相互直通運転にロマンスカーが加わる変化はありましたが、多摩急行を中心とした相互直通運転はそのまま続きます。

大規模な変更があったのは2016年3月26日のダイヤ改正で、JR東日本も交えた3社での相互直通運転に変わり、運転される本数が1時間に3本まで増加します。
種別は朝夕を多摩急行、日中が急行というパターンに変化し、走行する形式が増えたこともあってバリエーションが豊富になりました。

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このダイヤ改正では、準急についても増発が行われ、東京メトロの車両が準急で走る姿を再び見ることができるようになりました。
廃車が進められていた6000系も充当され、最後に懐かしい姿を見せてくれることとなります。

しかし、このパターンは長く続かず、複々線が完成したことに伴う2018年3月17日のダイヤ改正において、現在の運転パターンへと変わりました。
しばらくは今の状態が続くと考えられますが、この先の相互直通運転はどうなっていくのか、楽しみつつ見守っていきたいと思います。

おわりに

相互直通運転の歴史を振り返ってみると、大規模な変更が行われる少し前に、小規模な変更が発生しているという傾向がありました。
今後小規模な変更があった際には、その後大規模な変更が行われることを想定したほうが良いのかもしれませんね。