Odapedia

2019年10月

2019年10月12日に日本に上陸し、各地に甚大な被害をもたらした台風19号。事前に計画運休をしていた小田急では、人的な被害こそありませんでしたが、渋沢から新松田の区間で護岸流出が発生し、台風の通過後も秦野から新松田の間で電車の運転ができなくなってしまいました。13 ... もっと読む
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1969年に登場し、合計180両が製造された小田急5000形。4両の3次車となる5059Fからは小田急初の量産冷房車となり、今日の通勤型車両の発展に寄与した形式です。そんな3次車ですが、他の冷房車と異なる部分があり、屋根上にベンチレーターが設置されていました。後に撤去されて ... もっと読む
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本日は他社線ネタです。小田急とは登戸で乗り換えができる身近な路線、JR東日本の南武線を取り上げます。南武線は元々私鉄で、南武鉄道が開業した路線です。1929年に全通、翌年には支線も開業し、現在の形ができあがっていました。その後、他社との合併を経た後に、戦時買収 ... もっと読む
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製造期間が長期に渡ったため、年次ごとの差異が多く見られた小田急5000形。それらの差異以外にも、特定の編成にのみ存在する違いがあり、趣味的にとても面白い形式でした。色々な面白い編成が存在する5000形ですが、今回はその中から5256Fをピックアップしてみたいと思います ... もっと読む
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現在は3社と直通運転を行い、自社線内から遠く離れた場所まで走っている小田急。東京メトロの千代田線を介したJR東日本の常磐緩行線との相互直通運転と、JR東海の御殿場線に対する直通運転が行われています。地下鉄を介した直通運転と、観光輸送を目的とした直通運転であり、 ... もっと読む
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小田急で最後に4両が製造された形式となり、現在も17編成の4両が在籍する1000形。4両単独で使われる機会は少なくなり、多くが8両や10両に組成されています。1000形は東京メトロ千代田線に直通する形式として製造され、4両と6両を組み合わせた10両で運転されていました。しか ... もっと読む
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急行の大型10両化を推進するため、1978年に登場した小田急5000形の6両編成。5000形自体が優等列車用として登場していることもあり、運用の中心は急行となっていました。世の中が平成に入ると、各停の8両化が進められていきましたが、6両の各停自体は多く走っており、都心部で ... もっと読む
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2002年からリニューアルが開始され、多くがVVVFインバーター制御に改造された小田急8000形。6両の編成から進められ、4両の編成は後回しとされました。8000形は1983年に運行を開始した形式で、登場も6両が先でした。しかし、1984年には4両が登場しているので、先といってもそ ... もっと読む
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上部に前照灯を配置し、貫通扉を備えた3枚窓の車両、小田急顔と呼ばれるスタイルは、5000形の5270Fまで続きました。小田急顔の歴史は長く、多くの形式が含まれますが、5000形の5063F以降が最終グループに分類されます。5063Fは、9000形の登場後に製造された編成で、それまで ... もっと読む
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1964年に登場し、冷房化や編成の組み替えを行いながら、平成まで走り続けた小田急2600形。登場時は旧塗装で、5000形が登場する頃に順次新塗装化されていきました。様々な変化をしていった2600形ですが、1972年からスカートの設置が始まり、前から見た印象が大きく変化しまし ... もっと読む
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