多くの駅が10両編成の停車に対応するようになり、近年は各駅停車でも10両の列車が走るようになった小田急線。
現在は6両以上の列車が圧倒的多数となり、小田原線においては8両や10両での運転が中心となっていますが、このような運行を実現するために駅のホームは延長を重ねてきました。

高架化等が行われていない駅では、現在もホームを延長した際の痕跡が残っており、長編成化の歴史に触れることが可能となっています。

駅のホームに残る長編成化の痕跡

新宿から小田原までを結ぶ小田急の小田原線は、1927年4月1日に開業しました。
1929年4月1日には江ノ島線も開業し、この時点で小田急の大枠の路線網が完成しましたが、当時はまだ乗客が少なく、1両の単行列車や、数両の編成で輸送が行われていました。

今の状況からは想像もできないようなことですが、当然各駅の規模は小さく、ホームも今とは比較にならないほど短い状態でした。
しかし、戦後になって沿線の発展が進み、その輸送需要に対応するために編成の増強が急ピッチで行われ、それに合わせて各駅のホームも延長が繰り返されていったのです。

最終的には、20m車の10両が停車することに対応した210mの長さのホームが標準となり、江ノ島線や小田原線の末端区間を除いたほとんどの駅がこの長さのホームとなっています。
複々線区間等は、立体化の際にホーム自体を構築しなおしてしまいましたが、そうではない駅は延長を繰り返した痕跡が現在もホームに残っており、苦労して編成を増強してきた歴史が刻まれています。

百合ヶ丘駅に残るホーム延長の痕跡

先日撮影で百合ヶ丘を訪れた際に、ホームが延長された痕跡をぼんやりと眺めたことが、この記事を書くきっかけとなりました。
百合ヶ丘は1960年3月25日に開業した比較的新しい駅で、本格的な20m級の大型車である2600形が登場する少し前のことでした。

2600形が登場する前ということは、一部の車両以外は車体が短い中型車だったということになり、ホームの長さもそれに合わせての開業となっています。

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写真を拡大しないと分かりにくいと思いますが、現在の百合ヶ丘はこのようなホームとなっています。
よく見るとホームの構造が違うのが分かると思います。
開業時からあったホームは中央の部分で、中型車の6両が停車することに対応しているものです。

その後、1966年11月7日のダイヤ改正に合わせて、ホームは8両分の長さまで延長されました。
これは準急の8両での運転を開始することに合わせたもので、写真の手前側がその際に延長された部分です。
この頃には5両で登場した2600形の6両化も行われており、各駅停車を大型車の6両で運転するための準備でもあったといえます。

最後に延長された写真後方の部分は、1978年3月31日のダイヤ改正で、営団地下鉄(現在の東京メトロ)千代田線への乗り入れに合わせて、準急の10両での運転が開始されることによるものです。
こうして10両分のホームとなっているのですが、時期によってホームの構造が異なるため、その痕跡が現在でもはっきりと分かる結果になっています。

おわりに

断続的に延長が行われたことで、現在もその痕跡が残る小田急のホーム。
駅によっても延長のパターンが異なるため、構造の違いを見て今までの歴史を感じてみてはいかがでしょうか。