小田急からLSEが姿を消しました。クラシックな雰囲気を残していた形式の消滅で、ロマンスカーの歴史における転換点となった印象です。LSEは、11両連接車最後のロマンスカーとなり、独特なジョイント音を響かせていました。連接車はSEで初めて採用され、その後もロマンスカー ...
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小田急最初の量産冷房車が持つ特徴とは
小田急最初の量産冷房車となった5000形。2400形での試験結果を踏まえ、3次車から冷房が搭載されました。屋根上にCU-12A型冷房装置を搭載し、小田急に本格的な冷房車時代をもたらすことになったわけですが、その後の車両とは少し違っていました。3次車は全部で4本ですが、これ ...
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東京メトロ6000系で少数派だった2編成だけの3次車
先日完全に引退してしまった東京メトロの6000系。35編成の10連が活躍しましたが、長期間に渡る更新が行われたこともあって、そのバリエーションは豊富でした。更新による後発的な差異が沢山あったわけですが、製造時からの違いも多く存在しています。6000系は製造時期によっ ...
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ファミリー鉄道展の展示を寂しくする原因となった2007年の事件
小田急のイベントといえば、秋に開催されるファミリー鉄道展です。1999年からスタートしたこのイベントは、保存車両や退役が近い車両が展示されることが多く、ファンにとっては嬉しいものでした。毎年の展示が面白かったわけですが、2007年に事件が起こります。この年は開業8 ...
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16年以上製造が続く小田急3000形
小田急最大の車両数を誇る3000形。2002年に運行を開始してから、数々の形式を置き換え、勢力を拡大してきました。ワイドドアの車体から始まった歴史は、標準車両の要素を盛り込みながら続くことになります。編成単位での増備は2007年まで続き、6両32編成、8両15編成が出揃い ...
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大変すぎたフィルム時代の夕方撮影を振り返る
私が写真を本格的に撮り始めた頃は、まだまだフィルムカメラが主流でした。小田急の写真ばかりを公開しているこのブログですが、初期の写真はフィルムで撮ったものです。最近写真を始めた方だと、当然デジタルからのスタートになるのでしょうが、昔はフィルムならではの苦労 ...
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小田急4000形の湘南急行はどうして少なかったのか
さよなら運転が行われず、静かに引退していった小田急4000形。地味なラストだったわけですが、晩年の活躍自体も地味なものでした。同時期に廃車が進んだ2600形は、晩年でも優等列車で活躍する姿が多く見られました。しかし、4000形については各停中心の活躍となり、急行や湘 ...
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小田急9000形や1000形の常磐緩行線直通は考慮されていたのか
JR東日本の常磐緩行線に小田急の車両が乗り入れるのは日常となりました。9000形から始まった千代田線への直通ですが、長らく小田急から常磐緩行線へは直通しない時代が続いたのです。現在直通している4000形には、登場時からJRの列車無線アンテナを設置することが考慮された ...
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なかなか顔を見せない1051Fのクハ1151
小田急1000形4連の中で、唯一クヤ31形の牽引に対応する1051F。クハ1151のみ他の編成とはスカートの形状が異なるのですが、先頭に立つ姿がなかなか見られず、貴重なものとなっています。普段は10連の新宿方に組まれていることが多いので、この時点でクハ1151は中間に入ってし ...
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多摩湖線に唯一残ることになった低運の101系
4本が多摩川線用として固定化され、新101系の廃車後も活躍を続けた西武101系の低運車。この4本のイメージが強いわけですが、これとは別に1本だけが多摩湖線にも残っていました。この編成は2008年まで多摩湖線を走っていたのですが、これは新101系の更新を進めるにあたっての ...
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