古い車両の主電動機を流用し、吊り掛け駆動方式で登場した小田急4000形。
後に2400形から主電動機を譲り受けて高性能化されましたが、4000形といえば吊り掛け駆動とイメージする方も多いのではないでしょうか。

4000形は1966年から製造が開始され、1970年までに2M1Tの3両が22本、合計66両が出揃いました。
電動車は44両ということになるわけですが、その時期に廃車となった車両の電動車を数えてみると、その両数が完全に一致します。

内訳ですが、1200形が18両、1400形が16両、1600形が10両で、合計すると見事に44両となります。
1200形と1400形には、MB-146-ARという主電動機が使われており、4017Fまでの編成に流用されました。
1600形からはMB-146-CFRという主電動機が捻出され、4018Fから4022Fまでの10両に流用されています。

その後、1974年から5両化を行うために中間電動車が増備されました。
4001Fから4013Fまでの13編成が5両化され、26両の追加増備が行われたのです。

この時期に廃車となった車両の電動車を数えると、1700形が6両、1900形が14両、2100形が4両で、その合計は24両となっています。
主電動機はMB-146-CFRで、1600形から捻出されたものと同様です。

さて、ここでおかしなことに気付きます。
種車が2両足りないのです。
残った2両には、どの車両から主電動機が流用されているのでしょうか。

ヒントはデハ4213とデハ4313に、MB-146-ARが流用されているという点に隠されています。
この2両は1976年に製造されていますが、この年にデニ1002とデニ1101の2両が廃車となっています。
つまり、この2両の主電動機が4000形に転用され、合計で26両分が揃うのです。

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こうして92両が出揃った4000形ですが、1985年からは2400形の主電動機であるMB-3039-Aを流用して高性能化が図られました。
4000形にとっては、2400形が9形式目の主電動機を提供された形式となりました。