1972年に1次車の24両が竣功した後、小田急9000形は同年中に2次車が16両竣功しました。
2次車は若干の仕様変更があり、1次車の側面の表示装置が5000形と同様のランプ切り替え式だったのに対し、その後の標準となる種別のみの幕式となりました。

こうして9001Fから9010Fまで、4両は予定していた10本が出揃いました。
1973年からは6両の製造が開始され、1974年3月までに3次車として24両が竣功します。
そして、同年に9000形はローレル賞を受賞し、小田急の車両では現在まで唯一の受賞となっています。

1974年6月には多摩線が開業し、祝賀列車に9401Fが充当されました。
前面に記念のヘッドマークを掲げ、開業に花を添えました。

1974年11月からは4次車が竣功し、9408Fまでの6両が出揃いました。
しかし、4両が10本、6両が8本揃ったこの時点で増備は一旦中断となり、直通運転の詳細が決定するまで待つこととなります。

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5000形と合わせて地上線で使われてきた9000形ですが、1976年からは営団地下鉄(現在の東京メトロ)千代田線に直通するための対応工事が実施され、ATCや誘導無線装置が装備されました。
この際に1次車の側面の表示装置は幕式に改造され、2次車以降と仕様が揃えられました。

4両と6両で本数が揃っていない状態だった9000形ですが、1977年に5次車として中間車のみが2両竣功し、4両の9010Fに組み込まれて9409Fとなりました。
9409Fは他の6両とは若干仕様が異なる編成となり、最後までその違いを残していました。

こうして4両と6両が9本ずつ、予定の100両より10両少ない合計90両の9000形が揃いました。
1977年のダイヤ改正からは急行の10両での運転が開始され、9000形もその一端を担うこととなります。

翌年の1978年からはついに千代田線への直通運転が開始されますが、ここからは次回にしたいと思います。