ホームドアへの対応が困難なことから、近い将来に全編成が廃車となることが見込まれる小田急1000形のワイドドア車。
改造を繰り返して今日まで適応してきましたが、いよいよ引退の日が近付きつつあるようです。

ラッシュ対策として登場したワイドドア車は、開口幅が2mという側扉を備えており、そのインパクトは相当なものでした。
今回は、ワイドドア車が登場した当時の思い出を、個人的な感想に近い内容ですが書いてみたいと思います。

とんでもない大きさのドアを備えた車両の登場

1000形が徐々に多くなってきたと感じるようになってきた1991年に、側扉の幅を2mに拡大したワイドドア車が登場しました。
初めて見た時の印象は、とんでもない車両がデビューしたな、そんな感じでした。

ワイドドア車はラッシュ対策の車両でしたが、日中も走っていたため、まだラッシュとは無縁だった私も乗ることが可能で、何もかもが他と違う車両を楽しんだものです。
側面には当時まだ珍しかったLEDの表示器が使われ、車内にもLEDや液晶画面の案内表示が設置されており、特に液晶画面には近未来感がありました。
実際に使われることはありませんでしたが、登場当時は座席を収納できるような構造となっていたため、その独特な構造にも興味を持ったものです。

最大の特徴である側扉は、2mの開口幅を誇るとんでもないもので、扉1枚が1mの幅でした。
現在もその姿自体を見ることはできますが、2mが全開となっている姿はかなりのインパクトで、開閉にも相当な時間がかかっていたことを覚えています。

登場当時には、10両全てがワイドドア車という運用もあり、大きなドアを活かそうとしていました。
実際には想定どおりの効果とはならず、徐々にドアが大きすぎたということに小田急も気付いていくこととなります。



ワイドドア車は最終的に4両が6編成、6両が2編成となり、見かける機会も増えていきました。
長い距離を乗ることがない私には、座席の少なさは問題ではなかったため、たまに来る面白い車両といったところでした。

2000形の登場と開口幅の縮小改造

2mの扉幅は広すぎたという反省点を踏まえ、1995年には扉幅を1.6mとした2000形が登場しました。
当初はたった2編成の存在で、興味の対象は2000形へと移っていきます。

2000形の登場によって、扉が大きすぎるイメージが強くなったワイドドア車でしたが、登場から10年と経っていない1998年度から、扉自体の幅はそのままとして、開口幅を1.6mに縮小する改造が始まります。
改造後は扉が全開しないようになり、昔ほどのインパクトはなくなりました。

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開口幅を縮小したことによって、座席が少ないという弱点はほぼなくなりました。
各停の運用においても大きな問題はなくなり、4両は8両の新宿方を定位置として使われました。

その後は6両への組み替え、単独運用化といった経緯を辿り、現在に至ります。
外見上のインパクトは今も健在ですが、2mのドアが全開していた姿は、今でも忘れることができません。

おわりに

JR東日本、東急、京王から多扉車が淘汰されていったのに対し、今日までワイドドア車が残ったのは奇跡なのかもしれません。
しかし、いよいよお別れの瞬間が近付きつつあるようですね。