小田急多摩線の新百合ヶ丘寄りに位置し、開業時からある五月台、栗平、黒川の3駅。
現在は栗平に優等列車が停車するようになりましたが、昔はどの駅ものんびりとしたムードが漂う駅でした。
今回はこれらの3駅をピックアップし、どのぐらい利用者が増えたのかを振り返ってみたいと思います。
開業当初の多摩線は小田急永山までとなっており、小田急多摩センターまで延伸するのは翌年のことでした。
小田急永山や小田急多摩センターが比較的大きな駅なのに対し、これらの3駅はホームの長さも当初は6両分しかなく、多摩線内の中では小規模な駅でした。
この3駅の中では、栗平のみが将来的な駅の拡張を視野に入れて設計されており、どの駅ものんびりとした雰囲気ではあるものの、昔から少しだけ栄えていました。
五月台周辺は新百合ヶ丘や柿生を利用する乗客も多く、黒川は今以上に緑が豊かであり、近くに京王の若葉台もありますから、栗平が先に栄えるのは当然だったのかもしれません。
元々3駅の中では利用者が多かった栗平は、2002年のダイヤ改正で多摩急行が停車するようになり、他の駅との差が明確となりました。
多摩急行の登場に合わせてホームの長さは10両分に延長され、他の駅より少しだけ立派になったのです。
年度の間隔が揃っていませんが、ご容赦下さい。
括弧内は、先に記載した年度からの伸び率です。
【1979年】
五月台:775人
栗平:5,053人
黒川:586人
【1987年】
五月台:3,587人(463%)
栗平:9,618人(190%)
黒川:1,151人(196%)
【2003年】
五月台:8,245人(230%)
栗平:18,479人(192%)
黒川:5,907人(513%)
【2019年】
五月台:10,192人(124%)
栗平:24,606人(133%)
黒川:8,731人(148%)
【全体の伸び率】
五月台:1315%
栗平:487%
黒川:1490%
意外と面白い結果ではないでしょうか。
元々栄えていた栗平が、全体の伸び率では最下位となっています。
五月台は1980年代から利用者が増加傾向となっており、近年は鈍化傾向にあることが分かります。
一方で、黒川は1990年代頃から一気に利用者が増えていますが、これは周辺に川崎市のマイコンシティができた影響でしょう。
伸び率としては最下位でしたが、栗平が他の駅の倍以上の利用者を抱えている状況となっており、圧倒的であることに変わりはありません。
しかし、五月台や黒川が大きく伸びたことも分かりますね。
それでもどこかのんびりとした雰囲気が残っており、小田原線の駅との違いを感じるのが面白いですね。
現在は栗平に優等列車が停車するようになりましたが、昔はどの駅ものんびりとしたムードが漂う駅でした。
今回はこれらの3駅をピックアップし、どのぐらい利用者が増えたのかを振り返ってみたいと思います。
多摩線の開業に合わせて設置された3駅
五月台から黒川までの3駅は、1974年6月1日の多摩線の開業に合わせて設置されました。開業当初の多摩線は小田急永山までとなっており、小田急多摩センターまで延伸するのは翌年のことでした。
小田急永山や小田急多摩センターが比較的大きな駅なのに対し、これらの3駅はホームの長さも当初は6両分しかなく、多摩線内の中では小規模な駅でした。
この3駅の中では、栗平のみが将来的な駅の拡張を視野に入れて設計されており、どの駅ものんびりとした雰囲気ではあるものの、昔から少しだけ栄えていました。
五月台周辺は新百合ヶ丘や柿生を利用する乗客も多く、黒川は今以上に緑が豊かであり、近くに京王の若葉台もありますから、栗平が先に栄えるのは当然だったのかもしれません。
元々3駅の中では利用者が多かった栗平は、2002年のダイヤ改正で多摩急行が停車するようになり、他の駅との差が明確となりました。
多摩急行の登場に合わせてホームの長さは10両分に延長され、他の駅より少しだけ立派になったのです。
各駅の利用者数はどれぐらい増えたのか
これらの3駅の利用者数がどのように増えてきたのか、1日平均乗降人員を比較してみたいと思います。年度の間隔が揃っていませんが、ご容赦下さい。
括弧内は、先に記載した年度からの伸び率です。
【1979年】
五月台:775人
栗平:5,053人
黒川:586人
【1987年】
五月台:3,587人(463%)
栗平:9,618人(190%)
黒川:1,151人(196%)
【2003年】
五月台:8,245人(230%)
栗平:18,479人(192%)
黒川:5,907人(513%)
【2019年】
五月台:10,192人(124%)
栗平:24,606人(133%)
黒川:8,731人(148%)
【全体の伸び率】
五月台:1315%
栗平:487%
黒川:1490%
意外と面白い結果ではないでしょうか。
元々栄えていた栗平が、全体の伸び率では最下位となっています。
五月台は1980年代から利用者が増加傾向となっており、近年は鈍化傾向にあることが分かります。
一方で、黒川は1990年代頃から一気に利用者が増えていますが、これは周辺に川崎市のマイコンシティができた影響でしょう。
伸び率としては最下位でしたが、栗平が他の駅の倍以上の利用者を抱えている状況となっており、圧倒的であることに変わりはありません。
しかし、五月台や黒川が大きく伸びたことも分かりますね。
おわりに
多摩線で神奈川県内にある3駅は、開業時と比較して大きく発展しました。それでもどこかのんびりとした雰囲気が残っており、小田原線の駅との違いを感じるのが面白いですね。
コメント
コメント一覧 (32)
とは言え、現行ダイヤで、夕刻帰宅時間帯の快速急行が、唐木田・藤沢・小田原行きと、3方面が均等順の場合があり、町田・相模大野方面客にとっては、どうなんだろう? とちょっと気になってしまいます。
ワタシダ
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件の新百合から化ける急行に関してですが、新百合折り返しや町田方面に流すよりも唐木田に流す方が運用面ではずっと楽なんですよねw個人的な見解としては利用者数は絶対ではなくあくまでダイヤ・運用・設備の都合とかなり冷めた感じで見ています。
なお小田急相模原に関しては、どストレートで急行通過を憂う内容の『オダサガのうた』が存在してたりします(tvkの某番組の企画で創作されたもの)。
ワタシダ
がしました
http://kurigidai.web.fc2.com/syoukai.htm
まあ、栗平に優等を停車させる意義は、上り通勤ラッシュ時の新百合ヶ丘での混雑(および快速急行への乗客集中)防止でしょうかね。2019年の1日乗降人数実績で、はるひ野10,048人、黒川8,731人、栗平24,606人のうち新宿方面通勤者が新百合ヶ丘駅で多摩線ホームから小田原線ホームに移動し、一部は走って先行の快急に駆け込み乗車するくらいなら、栗平でおとなしく通勤急行に乗り換えてもらった方が良いのでしょう。
栗平と同じく新百合から2駅の鶴川駅(乗降人数68,992人)の不遇感は以下の3点でしょうか。
①朝ラッシュ時のすべての電車(各停6本/h、通準6本/h)が快速急行の通過待ちをする。
②栗平は半分以下の乗降人数の支線駅なのに、線内各停6本/hのほかに新宿先着の通急6本/hがある。
③鶴川は日中時間帯各停6本/hで、新百合で接続する快急は5分以上待たないといけない。一方で栗平は急行停車駅(急行3本/h、線内各停6本/h)であり、急行は新百合で1分後発車の快急に接続する。(線内各停も新百合で3分待てば快急が来る。)
鶴川は「通準に誘導したい」から優等を止めない、栗平は「新百合で乗り換えてほしくない」から優等を止める、というダイヤの都合が良い方と悪い方にそれぞれ出た好対照のような気がします。
ワタシダ
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多摩線の各駅は永山・多摩センター・唐木田含めても鶴川よりも遥かに少ないです。
ただ、これで鶴川に急行停車の動機になるかどうかは微妙なところです。
ワタシダ
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1.都心近くながら隣に大きな駅、徒歩圏内に他社線の駅がある南新宿、東北沢、世田谷代田
2.小田原線の開成ー足柄間
3.多摩線
その中で多摩線は利用者の伸びが目立つと言えます。
鶴川駅は1日に約7万人が利用します。関西では近鉄上本町、阪急河原町に近い水準です。京阪三条や阪急大宮よりずっと多い利用者数です。
ワタシダ
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そもそも多摩線の急行は、五月台、黒川、はるひ野の3駅しか通過しません。
多摩線に急行を走らせるということは、この3駅のためだけの各駅停車も走らす必要があるのです。
そして急行は急行で、各駅停車と所要時間は大差ない。
であれば、走らせるならば急行じゃなく各停で、となるのは、当然のことです。
新宿発の列車が該当されるのは、対京王の意味合いが多少はあると思います。
ところで、鶴川ってそんなに不遇ですかね。
何をもって不遇とするのかにもよりますけどね。
ワタシダ
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他方、唐木田は利用者減なのでそれもあったといえます。
はるひ野〜新宿を結ぶ意味でも効果あったと言えます。
ワタシダ
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休日日中の新百合から各停になる急行は町田方面に走らせてほしいです。
ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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渋谷に直通し爆発的に沿線人口が伸びた田園都市線と違い新百合ヶ丘-多摩センター間のローカル線のイメージからなかなか脱却できなかったですものね。周辺不動産開発においては東急の方が上手ということもありますが複々線化事業がなかなか進まない中で多摩線からの直通列車や増して優等種別の設置などできる状況じゃなかったことが災いとなったと思います。
複々線化事業の進捗に伴いようやく直通優等を走らせることが出来たのに時代は都心回帰で簡単にはニュータウン開発が進みません。
それでも利便性が向上したことで多少は沿線人口も増えて来たのですがこの3駅周辺未だ商業施設に乏しく幹線道路へのアクセスもあまりよくないんですよね。この辺りの事情はやはり川崎市の行政が力を入れて来なかったということなのでしょうか?
ワタシダ
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ワタシダ
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栗平の寂れっぷりがどう南林間や長後を思わせる方も多いようですが気のせいでしょうか?あちらも隣駅がかなり栄えとる共通点がありますが…。
ワタシダ
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その時の約束の1つに、複々線化後には栗平に優等列車を停めるから!というのがあったとかで。
だとすれば、栗平が当初から10両編成対応だったことは説明がつきます。
他線との接続駅でもない駅に、支線の優等列車を停める意味はあまりないですからね。
五月台ですが、五月台周辺の住民は柿生も新百合ヶ丘も代わりに使うには厳しいとおもいます。
多摩線が開業するまでは新百合ヶ丘駅は存在しませんでしたから、多摩線開業前は五月台周辺の住民が小田急線を利用する場合は、柿生駅を利用するしかなかったと思います。
徒歩では厳しいですが、バス路線があったのかもしれません。
黒川については、はるひ野駅利用者も合算したほうが良いかもしれません。
駅間距離はさほど無いですし、はるひ野駅開業前に小田急線を利用する場合は黒川を使っていたことと思いますし。
栗平については、利用客数が桐光などの学生に支えられてる所もあります。
なので学生以外の利用客数がどうかがわかると、良いかもしれません。
ワタシダ
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ワタシダ
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