待避線を備え、急行や快速急行がロマンスカーの通過待ちをすることがある小田急の秦野駅。
駅の新宿方には片渡り線が設置されており、本数は少ないものの秦野行きの設定もあります。
そんな秦野駅の新宿方には、厳しい制限速度が設定されていますが、これはなぜなのでしょうか。
待避線を備える2面4線の駅であり、1996年に橋上駅舎化が完了し、現在のような立派な駅となりました。
改良工事によって駅自体は立派になったものの、秦野には昔からの名残が今もあります。
それが新宿方に設定されている、厳しい制限速度です。
秦野の新宿方は、比較的急な曲線部となっており、副本線はカーブの途中から分岐しています。
本来は直線部から分岐させたいものですが、土地の制約からなのかこのような線形となっています。
最も厳しい制限速度は上りの待避線に設定されており、駅を出発する電車はポイントを抜けるまで15km/hで走ります。
現在は10両編成が基本となっていますから、制限速度を抜けるまでには長い時間がかかります。
厳しい制限速度となっている理由は、上りの待避線がカーブの外側から合流しているためで、本来とは逆のレールのほうが高い逆カントとなっていることから、ゆっくりと走行する必要があるのです。
運転上の支障となる逆カントですが、秦野で待避する列車がそこまで多くないことや、都心部に比べれば運転本数自体も少ないため、改良されることなく現在まで続いています。
6両までしか停車できないホームを延長し、急行を小田原まで10両で走らせられるようにしたのです。
ホームを4両分も延長するのですから、この時にポイントの移設が発生し、逆カントが生まれたのだと考えてしまいますが、実際には違います。
秦野は昭和の終わり頃の時点で10両の停車自体には対応しており、その時点から逆カントとなっていました。
10両分のホームはありませんでしたが、試運転等に備えて10両分の有効長があったのです。
逆カントがいつから発生しているのかは分かりませんでしたが、上りホームが元々新宿寄りにあったことを考えると、そこそこ昔からの可能性が高いかもしれません。
昔の写真を見ていけば、答え合わせができそうですね。
知らないで乗車していると、ゆっくり走る状態に驚いてしまいそうですね。
駅の新宿方には片渡り線が設置されており、本数は少ないものの秦野行きの設定もあります。
そんな秦野駅の新宿方には、厳しい制限速度が設定されていますが、これはなぜなのでしょうか。
秦野駅に設定されている厳しい制限速度
小田原線の開業と同時に設置された秦野駅ですが、当初は駅名が大秦野と異なっており、1987年に現在の駅名へと改称されました。待避線を備える2面4線の駅であり、1996年に橋上駅舎化が完了し、現在のような立派な駅となりました。
改良工事によって駅自体は立派になったものの、秦野には昔からの名残が今もあります。
それが新宿方に設定されている、厳しい制限速度です。
秦野の新宿方は、比較的急な曲線部となっており、副本線はカーブの途中から分岐しています。
本来は直線部から分岐させたいものですが、土地の制約からなのかこのような線形となっています。
最も厳しい制限速度は上りの待避線に設定されており、駅を出発する電車はポイントを抜けるまで15km/hで走ります。
現在は10両編成が基本となっていますから、制限速度を抜けるまでには長い時間がかかります。
厳しい制限速度となっている理由は、上りの待避線がカーブの外側から合流しているためで、本来とは逆のレールのほうが高い逆カントとなっていることから、ゆっくりと走行する必要があるのです。
運転上の支障となる逆カントですが、秦野で待避する列車がそこまで多くないことや、都心部に比べれば運転本数自体も少ないため、改良されることなく現在まで続いています。
逆カントは10両化によって生まれたのか
秦野といえば、大規模な駅舎の改良とは別に、全線10両化というエピソードも過去にありました。6両までしか停車できないホームを延長し、急行を小田原まで10両で走らせられるようにしたのです。
ホームを4両分も延長するのですから、この時にポイントの移設が発生し、逆カントが生まれたのだと考えてしまいますが、実際には違います。
秦野は昭和の終わり頃の時点で10両の停車自体には対応しており、その時点から逆カントとなっていました。
10両分のホームはありませんでしたが、試運転等に備えて10両分の有効長があったのです。
逆カントがいつから発生しているのかは分かりませんでしたが、上りホームが元々新宿寄りにあったことを考えると、そこそこ昔からの可能性が高いかもしれません。
昔の写真を見ていけば、答え合わせができそうですね。
おわりに
営業列車で比較的気軽に味わうことができる秦野駅の逆カント。知らないで乗車していると、ゆっくり走る状態に驚いてしまいそうですね。
コメント
コメント一覧 (5)
踏切のことですが、私が記憶している廃止されたものとして、現在の新宿行きホームの新宿側先端付近にありました。
Googleマップ等確認いただければと思いますが、グランドホテル神奈中の裏側から南口方面に抜けられるものでした。現在は小田急の変電所になっています。
ここが東海大学前からカウントされた踏切ではなかったのかどうかまではわかりません。ただ、暮葉さんもお話しているように、付近の地形から考えると第2踏切までそれ以外に踏切を通せる場所はないように思います。
ワタシダ
がしました
ワタシダ
がしました
ワタシダ
がしました
いっそカントを無くせば田舎のローカル単線にあるY字ポイントと同じようなものとなるから 30~40キロで通れそうだけど……
本線側の速度制限もそんなものになってしまうか……
小田原方の分岐を右分岐にして直線側を現退避線側に
新宿方は現退避線側を直線、現本線側を曲線にして現在と本線⇔退避線を入れ換え、曲線の開始部分を分岐器の新宿方にずらす…
なんてできそうなふうに Yahoo!マップをみる限り思えてしまうのだが……
それにしても 上下線で分岐器の位置が大分ずれているのが不自然…
かつてあった専売公社の引込み線が関係??
ワタシダ
がしました
いつもためになる記事をありがとうございます
秦野駅に関する事なのですが秦野駅小田原寄りの一つ目の踏切が「第二踏切」となっています
昔は現在一つ目の踏切との間にもう一つ踏切があったのでしょうか?
ご存知であれば教えて頂けると幸いです
ワタシダ
がしました