原因者が費用を負担する必要があることから、意外とハードルが高い駅名の改称。
様々なシステムが使われるようになった現代では、その改修に伴う費用も発生するため、簡単には駅名を変えることができなくなりました。
小田急では、長期間に渡って駅名の変更が発生していませんが、過去には駅名変更が行われた事例があります。
駅名が過去に変わったことがある小田急の駅について、今回はまとめてみたいと思います。
その数は全47駅中の17駅となっており、小田原線全体の約36%にあたります。
3駅に1駅ぐらいは、過去に駅名が変わっているということになるようです。
駅名が変わった小田原線の駅は以下のとおりです。
・千駄ヶ谷新田 ⇒ 小田急本社前 ⇒ 南新宿
・代々幡上原 ⇒ 代々木上原
・世田ヶ谷中原 ⇒ 世田谷代田
・稲田多摩川 ⇒ 登戸多摩川 ⇒ 登戸
・稲田登戸 ⇒ 向ヶ丘遊園
・東生田 ⇒ 生田
・西生田 ⇒ 読売ランド前
・新原町田 ⇒ 町田
・通信学校 ⇒ 相模大野
・相模原 ⇒ 小田急相模原
・座間 ⇒ 士官学校前 ⇒ 相武台前
・新座間 ⇒ 座間遊園 ⇒ 座間
・河原口 ⇒ 厚木
・相模厚木 ⇒ 本厚木
・鶴巻 ⇒ 鶴巻温泉 ⇒ 鶴巻 ⇒ 鶴巻温泉
・大根 ⇒ 東海大学前
・大秦野 ⇒ 秦野
軽微な変更もあれば、全く別の駅名になっているケースもあります。
そして、興味深い改称が発生している駅があり、それらについても触れておきましょう。
小田原線では、戦争に関係する駅名の変更がありました。
相模大野や相武台前のように、軍の施設であることを隠すための変更は分かりやすいものですが、温泉を付けたり外したりしている鶴巻温泉の改称も戦争に関係しており、戦時中に温泉は不適切であるということが改称の理由でした。
相武台前には座間とのややこしい関係もあり、改称の経緯は複雑です。
生田と読売ランド前のように、元々はセットのようだった駅が、改称によって分からなくなったケースもありました。
厚木と本厚木がセットのように変わったのとは対照的といえます。
現在のところ、1987年に改称された東海大学前と秦野が小田原線では最後のケースとなっており、30年以上駅名の変更は発生していないことになります。
向ヶ丘遊園のように、施設がなくなってもそのままの駅名があったりはするものの、小田急は改称に積極的ではなさそうですね。
全体で6駅となっており、全16駅中の約38%となります。
率では小田原線を上回るのが興味深い点ですね。
駅名が変わった江ノ島線の駅は以下のとおりです。
・東林間都市 ⇒ 東林間
・中央林間都市 ⇒ 中央林間
・南林間都市 ⇒ 南林間
・西大和 ⇒ 大和
・新長後 ⇒ 長後
・六会 ⇒ 六会日大前
率が高くなっている最大の原因は、江ノ島線に計画都市の構想があったことです。
これによって3駅で改称が発生しており、率を引き上げる結果となっています。
大和や長後は駅名がシンプルになったものですが、六会日大前は日本大学が費用を負担して改称したケースといわれています。
1998年に改称された六会日大前が小田急では最後の事例となっており、20年以上駅名の改称は行われていません。
多摩線に関しては、駅名の改称自体は発生していないものの、計画段階からの変更が発生しています。
これから先、小田急で駅名が変わることはあるのでしょうか。
六会日大前のように費用負担での要望があれば、今後も可能性があるのかもしれませんね。
この取り組みが広がっていくかは未知数ですが、今後はこのような軽めのケースが多くなるのかもしれませんね。
様々なシステムが使われるようになった現代では、その改修に伴う費用も発生するため、簡単には駅名を変えることができなくなりました。
小田急では、長期間に渡って駅名の変更が発生していませんが、過去には駅名変更が行われた事例があります。
駅名が過去に変わったことがある小田急の駅について、今回はまとめてみたいと思います。
小田原線での駅名改称
数が多いこともあり、小田原線には駅名が変わった駅が多く存在します。その数は全47駅中の17駅となっており、小田原線全体の約36%にあたります。
3駅に1駅ぐらいは、過去に駅名が変わっているということになるようです。
駅名が変わった小田原線の駅は以下のとおりです。
・千駄ヶ谷新田 ⇒ 小田急本社前 ⇒ 南新宿
・代々幡上原 ⇒ 代々木上原
・世田ヶ谷中原 ⇒ 世田谷代田
・稲田多摩川 ⇒ 登戸多摩川 ⇒ 登戸
・稲田登戸 ⇒ 向ヶ丘遊園
・東生田 ⇒ 生田
・西生田 ⇒ 読売ランド前
・新原町田 ⇒ 町田
・通信学校 ⇒ 相模大野
・相模原 ⇒ 小田急相模原
・座間 ⇒ 士官学校前 ⇒ 相武台前
・新座間 ⇒ 座間遊園 ⇒ 座間
・河原口 ⇒ 厚木
・相模厚木 ⇒ 本厚木
・鶴巻 ⇒ 鶴巻温泉 ⇒ 鶴巻 ⇒ 鶴巻温泉
・大根 ⇒ 東海大学前
・大秦野 ⇒ 秦野
軽微な変更もあれば、全く別の駅名になっているケースもあります。
そして、興味深い改称が発生している駅があり、それらについても触れておきましょう。
小田原線では、戦争に関係する駅名の変更がありました。
相模大野や相武台前のように、軍の施設であることを隠すための変更は分かりやすいものですが、温泉を付けたり外したりしている鶴巻温泉の改称も戦争に関係しており、戦時中に温泉は不適切であるということが改称の理由でした。
相武台前には座間とのややこしい関係もあり、改称の経緯は複雑です。
生田と読売ランド前のように、元々はセットのようだった駅が、改称によって分からなくなったケースもありました。
厚木と本厚木がセットのように変わったのとは対照的といえます。
現在のところ、1987年に改称された東海大学前と秦野が小田原線では最後のケースとなっており、30年以上駅名の変更は発生していないことになります。
向ヶ丘遊園のように、施設がなくなってもそのままの駅名があったりはするものの、小田急は改称に積極的ではなさそうですね。
江ノ島線と多摩線での駅名改称
小田原線よりは少ないものの、江ノ島線にも駅名が変わった駅が存在します。全体で6駅となっており、全16駅中の約38%となります。
率では小田原線を上回るのが興味深い点ですね。
駅名が変わった江ノ島線の駅は以下のとおりです。
・東林間都市 ⇒ 東林間
・中央林間都市 ⇒ 中央林間
・南林間都市 ⇒ 南林間
・西大和 ⇒ 大和
・新長後 ⇒ 長後
・六会 ⇒ 六会日大前
率が高くなっている最大の原因は、江ノ島線に計画都市の構想があったことです。
これによって3駅で改称が発生しており、率を引き上げる結果となっています。
大和や長後は駅名がシンプルになったものですが、六会日大前は日本大学が費用を負担して改称したケースといわれています。
1998年に改称された六会日大前が小田急では最後の事例となっており、20年以上駅名の改称は行われていません。
多摩線に関しては、駅名の改称自体は発生していないものの、計画段階からの変更が発生しています。
これから先、小田急で駅名が変わることはあるのでしょうか。
六会日大前のように費用負担での要望があれば、今後も可能性があるのかもしれませんね。
おわりに
駅名の改称ではありませんが、2021年からは経堂で副駅名看板を掲出する取り組みが始まっています。この取り組みが広がっていくかは未知数ですが、今後はこのような軽めのケースが多くなるのかもしれませんね。
コメント
コメント一覧 (17)
五力田⇒五月台
たしか開業してすぐに改称されてた記憶がありますが、如何でしたでしょう。
ワタシダ
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また、SuicaやPASMO他交通系ICカードは最大4社局またがりまでなので小田急も影響を受ける。
例えば、新宿→小田急経由→代々木上原→メトロ経由→渋谷→東急経由→新横浜→相鉄経由→湘南台、という運賃テーブルも発生する。
ワタシダ
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市の中心街駅の改称という意味だけでなく国鉄の駅まで改称&移転させる事になったわけですしね。
ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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地元の方はオダサガですでに定着してますし。
ワタシダ
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向ヶ丘遊園 はそのままだな…
変えるにはコストがかかるから… だけなのか
変えてはまずい理由があるのか?……
読売ランド前 も 京王よみうりランド が開駅してからは…………
ワタシダ
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ワタシダ
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東生田という地名は生田駅から大きく離れ、生田緑地を挟んだ先の地名です。
この辺りは住所とは違う呼び名の旧地名?が多く有り、例えば東三田の辺りは大谷(おおや)と言ったりします。
駅が出来た時点は東生田の地名だったのか、単に東側なので東生田なのか?
駅名の由来って実は調べたら奥が深くて楽しいのかもしれませんね!
ワタシダ
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このように駅名変更には改修するのにもコストや手間がかかることが改めて伺えますね。駅ナンバリングについても同様で、こちらも新駅開業や駅廃止の都度ナンバリングを改番する必要がありますのでそこが少し厄介なところでしょうか。
例としてJR北海道やJR四国では新駅開業時に「-1」を付与しており、廃止となった駅はその駅に振られていた番号を欠番としております。また東武では新駅開業の際にナンバリングをずらして対応しており、東武ワールドスクウェアやみなみ寄居開業時がそれに当てはまります。
小田急でも今後、駅名改称や新駅開業による駅ナンバリングの変更はあるのかまだ分かりませんが、いずれにしてもこうした対応がコスト面で不利なのは今も昔も変わらずですね。
ワタシダ
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ワタシダ
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