ロマンスカーミュージアムに展示されている車両の中で、ロマンスカーではない唯一の車両、それが小田急の開業に合わせて製造された1形です。
最終的には1100形となり、1959年度に営業運転を終了しますが、熊本電気鉄道に譲渡した車両を買い戻すことで、1両が保存されることになった経緯がありました。
里帰りまでして保存された1形でしたが、ロマンスカーミュージアムに展示されて落ち着くまで、小田急に帰ってからも長い道のりが待っていました。
1976年に荷物電車となった1両が廃車されたことで、小田急から1100形は姿を消しますが、原形に近い状態だった熊本電気鉄道の1両を買い戻し、復元して保存することとなりました。
ロマンスカーミュージアムに保存されているのは、1形のモハ10として製造され、デハ1160、デハ1105と改番された後に、熊本電気鉄道でモハ301となった車両です。
モハ301は1981年12月に熊本電気鉄道で廃車となり、1982年7月30日に小田急へと旅立っていきました。
輸送の際は台車を履き替えていましたが、小田急に到着してから元に戻されたようです。
この里帰りに先立ち、小田急からは保存や復元の方針が事前に発表されています。
復元にあたっては、当時の資料が失われている状況だったため、記憶や資料を持っている方への協力が呼びかけられていました。
小田急に到着した車両は、1982年8月14日に大野工場で披露され、鉄道友の会の会員や、社内のファンが参加できたようです。
その後は登場時の姿へと戻す復元工事が進められ、1983年2月頃に完成しました。
まだ新百合ヶ丘が閑散としていた頃とはいえ、営業中の駅構内で公開するということに時代を感じます。
当日は4番ホームに展示され、車内に入ることもできました。
1987年の10月9日から11日にかけては、大鉄道展の企画として小田急多摩センターでも展示されています。
モハ10をけん引してきたデキ1031も展示され、3番ホームが展示スペースとなっていました。
この頃は駅構内でのイベント開催が多く、現代との違いを感じます。
こうして華々しく保存車としてデビューしたモハ10ですが、その後は居場所が決まらない日々が始まります。
当初は向ヶ丘遊園で展示される予定だったようですが、結果的にそれは果たされていません。
大野工場に引きこもる日々が続き、その後は喜多見検車区に場所を移しますが、せっかく復元した車両はほとんど人の目に触れない日々が続きます。
普段は喜多見検車区に置かれているモハ10でしたが、ファミリー鉄道展で展示車両に抜擢される年がありました。
展示されたのは、1999年と2006年で、貴重な姿を太陽の下で見ることができました。
しかし、2008年以降は現役の車両を中心とした展示になったため、モハ10が出てくる機会はなくなってしまいました。
保存車は増えるものの、人目には触れないという状態が続いていたのです。
その状態を解消することになったのがロマンスカーミュージアムのオープンであり、モハ10はようやく居場所を見つけることができたともいえます。
小田急に里帰りをしてから、40年近くが経過してからのことでした。
末永く保存され、小田急の歴史を後世に伝えてくれることを願っています。
最終的には1100形となり、1959年度に営業運転を終了しますが、熊本電気鉄道に譲渡した車両を買い戻すことで、1両が保存されることになった経緯がありました。
里帰りまでして保存された1形でしたが、ロマンスカーミュージアムに展示されて落ち着くまで、小田急に帰ってからも長い道のりが待っていました。
モハ10の里帰りと復元
小田急で営業運転を終了した1100形は、荷物電車となった1両を除き、他社に譲渡されて活躍しました。1976年に荷物電車となった1両が廃車されたことで、小田急から1100形は姿を消しますが、原形に近い状態だった熊本電気鉄道の1両を買い戻し、復元して保存することとなりました。
ロマンスカーミュージアムに保存されているのは、1形のモハ10として製造され、デハ1160、デハ1105と改番された後に、熊本電気鉄道でモハ301となった車両です。
モハ301は1981年12月に熊本電気鉄道で廃車となり、1982年7月30日に小田急へと旅立っていきました。
輸送の際は台車を履き替えていましたが、小田急に到着してから元に戻されたようです。
この里帰りに先立ち、小田急からは保存や復元の方針が事前に発表されています。
復元にあたっては、当時の資料が失われている状況だったため、記憶や資料を持っている方への協力が呼びかけられていました。
小田急に到着した車両は、1982年8月14日に大野工場で披露され、鉄道友の会の会員や、社内のファンが参加できたようです。
その後は登場時の姿へと戻す復元工事が進められ、1983年2月頃に完成しました。
居場所が決まらなかった復元後
復元工事が完了したモハ10は、1983年の3月19日と20日に新百合ヶ丘駅の4番ホームで一般公開されました。まだ新百合ヶ丘が閑散としていた頃とはいえ、営業中の駅構内で公開するということに時代を感じます。
当日は4番ホームに展示され、車内に入ることもできました。
1987年の10月9日から11日にかけては、大鉄道展の企画として小田急多摩センターでも展示されています。
モハ10をけん引してきたデキ1031も展示され、3番ホームが展示スペースとなっていました。
この頃は駅構内でのイベント開催が多く、現代との違いを感じます。
こうして華々しく保存車としてデビューしたモハ10ですが、その後は居場所が決まらない日々が始まります。
当初は向ヶ丘遊園で展示される予定だったようですが、結果的にそれは果たされていません。
大野工場に引きこもる日々が続き、その後は喜多見検車区に場所を移しますが、せっかく復元した車両はほとんど人の目に触れない日々が続きます。
普段は喜多見検車区に置かれているモハ10でしたが、ファミリー鉄道展で展示車両に抜擢される年がありました。
展示されたのは、1999年と2006年で、貴重な姿を太陽の下で見ることができました。
しかし、2008年以降は現役の車両を中心とした展示になったため、モハ10が出てくる機会はなくなってしまいました。
保存車は増えるものの、人目には触れないという状態が続いていたのです。
その状態を解消することになったのがロマンスカーミュージアムのオープンであり、モハ10はようやく居場所を見つけることができたともいえます。
小田急に里帰りをしてから、40年近くが経過してからのことでした。
おわりに
ようやく安住の地を見つけることができた、1形のモハ10。末永く保存され、小田急の歴史を後世に伝えてくれることを願っています。
コメント
コメント一覧 (9)
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営業線上にもかかわらず、パンタ上げ通電状態で展示され、状態の良さが実感できました。
牽引ついでにデキ1031も並べてましたね。
後年、ロマンスカーミュージアムに展示されることを考えると、甲号車用の101形が保存復元されなかったことが悔やまれる。。。
ワタシダ
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