多くの駅に整備され、雨や雪から利用者を守ってくれるホームの上屋。
小田急ではホーム全体に設けられている駅も多く、夏の陽射しが強烈な現代においては、上屋が果たす役割も増えてきているのかもしれません。
上屋は様々な年代に整備されたため、駅によって色々な形態が見られますが、古いものには意外な材料を使用したケースが存在します。
設置された時期が様々であり、同じ駅の中でも設置時期の違いによる形態差があり、よく見ると沢山の歴史が詰まっていることに気付かされます。
上屋に注目しながら電車に乗る人はほとんどいないでしょうが、身近にあるものだからこそ、隠れた面白さがあるのかもしれません。
多くの駅で上屋の増設が行われた結果、空を見ながら電車を待つ機会は少なくなりましたが、それだけ設備が整ったということなのでしょう。
その一つが上屋に使われている鉄骨で、昔から設置されていたものに注目すると、どこかで見たような形態をしているのです。
写真は柿生駅の上屋に残る鉄骨を撮影したもので、H形鋼のようにも見えますが、注意してみるとレールの形状であることに気付きます。
こういった上屋は、役目を終えた古レールを使って造られたもので、他社も含めて昔は広く行われていました。
古い時代のリサイクルであり、溶かすこともなくそのままの形状で使われているのが、現代との違いといえます。
このように古レールを再利用したものは、駅舎や跨線橋、線路脇の柵等にも見られ、注意して見ていると意外な場所に今も残っています。
小田急の場合は向ヶ丘遊園が有名ですが、駅の改良等で消えていく一方であり、年々数を減らしつつある状況です。
新たに造られることはまずないでしょうから、これから先はさらに貴重なものとなっていくのかもしれませんね。
今後は老朽化した施設の修繕等も行われていくのでしょうから、さらに数を減らすこととなりそうです。
小田急ではホーム全体に設けられている駅も多く、夏の陽射しが強烈な現代においては、上屋が果たす役割も増えてきているのかもしれません。
上屋は様々な年代に整備されたため、駅によって色々な形態が見られますが、古いものには意外な材料を使用したケースが存在します。
様々な形態の上屋
雨の際に傘をささずに電車の乗り降りが可能となる上屋は、増設が続けられてきました。設置された時期が様々であり、同じ駅の中でも設置時期の違いによる形態差があり、よく見ると沢山の歴史が詰まっていることに気付かされます。
上屋に注目しながら電車に乗る人はほとんどいないでしょうが、身近にあるものだからこそ、隠れた面白さがあるのかもしれません。
多くの駅で上屋の増設が行われた結果、空を見ながら電車を待つ機会は少なくなりましたが、それだけ設備が整ったということなのでしょう。
古レールを再利用した上屋
小田急に限ったことではありませんが、鉄道の施設においては、昔ながらのものが今も使われているケースが少なくありません。その一つが上屋に使われている鉄骨で、昔から設置されていたものに注目すると、どこかで見たような形態をしているのです。
写真は柿生駅の上屋に残る鉄骨を撮影したもので、H形鋼のようにも見えますが、注意してみるとレールの形状であることに気付きます。
こういった上屋は、役目を終えた古レールを使って造られたもので、他社も含めて昔は広く行われていました。
古い時代のリサイクルであり、溶かすこともなくそのままの形状で使われているのが、現代との違いといえます。
このように古レールを再利用したものは、駅舎や跨線橋、線路脇の柵等にも見られ、注意して見ていると意外な場所に今も残っています。
小田急の場合は向ヶ丘遊園が有名ですが、駅の改良等で消えていく一方であり、年々数を減らしつつある状況です。
新たに造られることはまずないでしょうから、これから先はさらに貴重なものとなっていくのかもしれませんね。
おわりに
造られてからかなりの年数が経過し、材料となった古レール自体はさらに長い歴史を刻んでいます。今後は老朽化した施設の修繕等も行われていくのでしょうから、さらに数を減らすこととなりそうです。
コメント
コメント一覧 (6)
ワタシダ
がしました
JRのホームでも見かけます。
けれど、あのH型断面のレールを曲げるのはかなり大変だと思います。
機械を使用しているとしても、どうやって曲げたのか見てみたいところてす。
書かれているように、そういうところもだんだん少なくなりました。
ワタシダ
がしました
面白かったのは、東北沢駅の跨線橋でしたね。皇紀年号の古レールばかりで構成され、大変貴重なものでしたが、保存されず(もちろん全体は無理なので一部を切り取って)残念に思いました。
代々木八幡駅の跨線橋も旧鉄道省出自の資材も使われていて(屋根梁部分)、これも珍しいものでしたが、3種類の表記のうち1つがどうしても読めず、いまだ未解決に終わっています。
経堂駅のホーム柱は、古レールを頭同士合わせて溶接し、さらに両側に鉄板を添えていたので、まるっきり年号などがわからず地団駄を踏んだ覚えが。
下北沢駅逆1号踏切の側溝フタが古レールを裏返したものだったり、世田谷代田駅の跨線橋はあまり珍しいものは発見されなかったり、井の頭線への連絡橋は小田急の資材で作られ、わずかに皇紀年号の37キロレールが使われていたり、千歳船橋と祖師ヶ谷大蔵駅の跨線橋屋根梁はいずれもドイツ製30キロレールだったり…という感じでした。
現存するもので今でも確認してみたいという方は、生田駅の下りホーム、経堂駅バスの車庫外側の柵、海老名機械保線区に保存の30キロレール左分岐器などがありますね。
ワタシダ
がしました
40年以上前の話ですが、
ワタシダ
がしました
通学で毎日のようにそのレールが目に入っていたのですが、ある日、そのレールにドイツの製鉄・兵器企業で有名なクルップの刻印があることに気づいた時、かなり感動した記憶があります。
ワタシダ
がしました