待避線を備える大きな駅ながら、急行以上の列車は全て通過する小田急の相武台前駅。
急行の停車要望はあるようですが、相模大野や海老名等との関係を考えると、実現の可能性は低そうです。

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そんな相武台前ですが、1日に数本といったレベルではあったものの、急行が停車していた時期がありました。
一部だけというのも気になりますが、なぜ急行が停車していたのでしょうか。

相武台前駅に停車していた一部の急行

現在はなくなってしまいましたが、相武台前には一部の急行が停車していた時期がありました。
停車するといっても、1日に数本程度と少なく、路線図等でも触れられていませんでした。

相武台前に一部の急行が停車するようになったのは、1960年3月25日のダイヤ改正からで、当時設定されていた通勤急行も含まれました。
時期によって停車する時間は異なりましたが、例えば1990年3月27日のダイヤ改正では、上り列車が17時20分発、下り列車が7時45分発と17時24分発に設定されており、いずれも平日のみでした。

伝統のように続いていた急行の一部停車でしたが、1999年7月17日のダイヤ改正で廃止となり、全ての急行は相武台前を通過するようになっています。

なぜ相武台前駅に急行が停車していたのか

1日に数本だけが停車していた急行ですが、何がきっかけだったのでしょうか。
日産自動車の座間工場との関係がありそうに思われますが、操業を開始したのは1964年のことであり、時系列としては合いません。

調べてみると、相武台前に停車する急行は戦後に運転されていた進駐軍専用列車の名残のようです。
相武台前の近くには現在もキャンプ座間があり、時系列としても違和感はありません。

一方で、1995年には日産自動車の座間工場が完成車の生産を終えており、急行停車の廃止時期との関連がうかがえます。
進駐軍専用列車の名残としてスタートした急行の一部停車は、やがて座間工場の通勤需要にも応えるようになり、その工場が閉鎖されたことをきっかけに中止されたというのが、実際のところなのかもしれません。

おわりに

昔の小田急には、一部の列車が停車や通過をするケースが色々とあり、趣味的には面白い状況でした。
その多くが整理されましたが、途中駅での列車種別変更が近年は多くなっており、姿を変えつつ今も続いているといえそうです。