千葉県の銚子から外川を結び、ぬれ煎餅の販売等でも知られる銚子電気鉄道。
厳しい経営状況を隠さず、まずい棒等の自虐的な商品展開にも繋げており、鉄道以外の収益によって事業を支えている鉄道会社です。

そんな銚子電鉄では、元小田急の台車が使用されていた時期がありました。
あまり接点がないように思われる小田急と銚子電鉄ですが、台車はどのような経緯で譲渡されたのでしょうか。

元小田急の台車が使われていたデハ1000形

現在は営業運転を終了してしまいましたが、銚子電鉄にはデハ1000形という車両が走っていた時期があります。
両運転台を備えた短い車体の車両で、デハ1001とデハ1002の2両が在籍していました。

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どこかで見たことがあるような姿をしている車両ですが、元々は営団地下鉄(現在の東京メトロ)を走っていた2000形で、日立電鉄に譲渡される予定だった車両がキャンセルとなり、銚子電鉄へとやって来ました。
時期によってカラーリングが異なっており、晩年には銀座線や丸ノ内線で走っていた頃の姿となり、鉄道ファンを喜ばせました。

銚子電鉄への譲渡にあたっては、両運転台化やパンタグラフの取り付けに加え、軌間が異なるために台車が交換されています。
台車は小田急の車両が履いていたFS316で、懐かしい姿を足回りだけながら見ることができました。

2016年までに2両とも引退し、デハ1001は千葉県内にある昭和の杜博物館にて保存、デハ1002は現在も中ノ町車庫にて姿を見ることができます。
将来的には運転体験用の車両にする計画があるようで、もしかしたらあの独特な乗り心地を再び味わうことができるかもしれません。

富士急行を経て譲渡された元小田急の台車

銚子電鉄のデハ1000形が履いていた台車は、小田急の2220形が使用していたものです。
2220形は富士急行(現在の富士山麓電気鉄道)に6両が譲渡され、5700形として活躍をしていましたが、老朽化により1997年に引退しました。

デハ1000形で使用されていた台車は、富士急行の5700形として活躍した車両から転用されたもので、モハ5725とモハ5726が履いていました。
元小田急の2227Fの台車ということになりますが、モーターは営団地下鉄の3000系が使用していたものであり、走行音は異なっています。
パンタグラフも5700形から転用されたといった情報がありますが、形状が異なっているためこれは誤りでしょう。

こうして3社目での活躍をすることになった台車でしたが、奇跡のような復活だったといえます。
車両が解体されていないことから、現在も台車は残っており、まだまだその姿を見ることができそうです。

おわりに

小田急沿線からはアクセスしにくいため、銚子電鉄は馴染みが薄い路線かもしれません。
厳しい経営環境にある中、様々なことをして頑張っている鉄道会社ですので、台車を眺めにでもというのはいささか強引ですが、観光がてら訪ねてみてはいかがでしょうか。