この記事が公開される頃、大きなトラブルが発生していなければ、小田急の50000形(VSE)はラストランに乗ることができた幸運な方々とともに、最後の力走をしていることでしょう。
前年の2022年に定期運行を終了し、それからは貸切列車等で活躍を続けてきましたが、そんな日々もまもなく終わりの瞬間を迎えようとしています。

20190427_03

私自身も何らかの形でお見送りをしていると思いますが、ついに引退となるVSEについて、遺した功績等を考えてみたいと思います。

不思議な感覚に包まれた登場時

1990年代に入り多様化が進んでいたロマンスカーの利用需要は、1996年に営業運転を開始した30000形(EXE)の登場へと繋がりました。
EXEという車両を生んだことが正解だったのかどうかは、見る角度によっても評価が分かれるところだとは思いますが、私は車両自体が失敗だったのではなく、ロマンスカーのブランディングに関する戦略ミスだったと考えています。

広告等で登場させる車両を10000形(HiSE)に戻し、ブランド価値の回復に努めた小田急でしたが、登場から年数が経過した車両では弱いと考えたのか、ロマンスカーブランドの復権を掲げた車両として、VSEが造られることになりました。
事前情報の段階から、今度のロマンスカーはEXEの流れではないことが分かっており、小田急ファンは登場を待ちわびることとなります。
車両メーカーからの輸送時は、車体全体が隠された状態で行われ、下地のままの車体はどのように塗られるのだろう等と騒がれましたが、真っ白な車体の車両という予想外の展開がありました。

小田急に到着したVSEは、後日報道発表が大々的に行われ、派手な演出の中で初披露されます。
VSEの姿をはじめて見た私の印象は、思っていたのとは違うというのが正直なところで、従来のロマンスカーとはあまりにも異なる姿に対して、なんともいえない不思議な感覚を抱きました。
このあたりは、当時を知る方であれば、同じような感想をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

VSEという車両が良いのか悪いのか、かっこいいのかかっこ悪いのか、そういった問題ではなく、様々な過去のロマンスカーを見ていたからこそ、変化に対する違和感があったのだと思います。
後々分かってきたのは、それだけVSEは先進的な取り組みをした車両であり、新しいもの、これまでになかったもの、ロマンスカーに新たな価値を加えること、そういった面を徹底的に追及したからこその結果でした。
インターネットは普及しつつあったものの、現在ほど情報の即時性はなかったこともあり、VSEの狙いや想いというのが分かるのは少し後のことで、表面的な印象だけを感覚的に捉えていたのかもしれません。

発表当初から車内に対する期待の声は大きかったように記憶しており、高いドーム型の天井への驚きや、外側に少し傾けられた座席等、岡部憲明氏の込めた想いは強く伝わってきました。
営業運転の開始後に乗車した際の感動もなかなかのもので、新世代のロマンスカーが登場したのだということが、徐々に理解できるようになります。

時間の経過による見方の変化

VSEの活躍は20年に満たない短いものでしたが、途中で大規模な更新をせずに18年を超えて走り続け、連日新宿から箱根湯本までを往復していたことを踏まえれば、十分すぎる活躍だったのかもしれません。
活躍期間は結果的に短いものとなりますが、その間にかつての流れのロマンスカーは次々に引退し、3形式が過去帳入りしています。
展望席を備える車両は減少を続け、相対的にVSEの価値は上がり続け、気付けば登場時以上に唯一無二の存在へとなりつつありました。

そもそも、ロマンスカーが存在する意義は、時代によって変化しています。
現代においては、箱根や片瀬江ノ島を中心とした観光輸送ではなく、通勤や通学といった日常を快適に移動する手段としての役割が大きく、こちらのほうに需要が移っていることも疑う余地はありません。

そのような流れの中で、ロマンスカーというブランド価値を維持する車両として、VSEは欠かせない存在にもなっていました。
だからこそ、ホームウェイ号への使用解禁等を通じて神格化を弱め、世代交代への準備を始めていたのかもしれません。
前提にとらわれず、徹底的に新たな価値を提供することに集中した車両の造りは、時間の経過によって登場時以上の価値を小田急に提供するようになっていました。

一方で、よい面だけを見ていてはいけないとも思っています。
大胆すぎる構造で造られたことは、結果としてVSEという車両の寿命を縮めてしまうことになったからです。

登場当時の段階で、その後のことを予想することは難しいものの、様々な特殊構造や狭い運転室等、多くの方の苦労によりVSEは維持されてきました。
こういった苦労の結果がVSEの価値でもあり、そこに正解を求めることに意味はないですが、そういった良い面と悪い面も含めて、VSEが遺した功績なのかもしれません。

現在のところ、VSEの正当な後継車両は存在しません。
唯一の展望車両となる70000形(GSE)は、比較的中性的な車両として仕上げられており、観光輸送を最重視した車両は小田急から消えてしまいます。

この結果が意図したものなのか、VSEという車両の引退が予想より早まったことで生じた不可抗力なのか、それは分かりません。
車両の開発には時間がかかることや、仮にVSEの更新が可能であれば、このような結果にはならなかったともいえます。
そう遠くない未来には、新型車両の登場か、既存形式の増備が予想されることから、その時にロマンスカーの未来は見えてくるのかもしれません。

おわりに

VSEが終着駅まで走りきり、無事にラストランを終えることを願って筆をおくことにします。
良い面も悪い面もあり、そのような意味でもVSEは小田急に多大な功績を遺した車両となりました。

得られた成功体験、反省すべき点、それらを総合的に盛り込み、次世代の車両へと受け継がれることを心から願い、VSEへの贈る言葉としたいと思います。

18年に渡る活躍、本当にお疲れさまでした。