古い車両のモーター等を流用し、1966年に登場した小田急の4000形。
吊り掛け駆動方式で残った最後の通勤型車両でしたが、1985年から高性能車への改造が始まり、他の車両との共通化が図られました。
4000形の高性能化は、冷房化や編成の組み替えを伴う大規模なものとなり、全車両の改番も行われました。
そのような背景から、改造と編成の順番は一致せず、かなり複雑なものとなっています。
後に中間車を2両追加し、5両化された編成もありましたが、他の形式とは性能や両数が異なるため、後年になるほど使いにくい存在となっていきます。
昭和という時代が終わりに近付く頃、4000形が抱える諸問題を一気に解決するため、高性能化、冷房化、編成替えを伴う大改造が行われることとなりました。
高性能化には廃車となる2400形のモーターが流用され、登場時と同じような状況が再現されます。
編成替えについては、5両の2編成を組み合わせて4両と6両にしたもの、3両と5両を組み合わせて4両の2編成としたもの、3両の2編成を組み合わせて6両にしたものの3パターンがあり、全ての車両が改番されました。
先頭車から中間車に改造された車両もあり、かなり大規模な編成替えとなっています。
改造は元が5両の編成が優先されますが、3両が2編成を繋いで6両を組めるのに対して、5両はどうしても両数の面で扱いにくく、先に改造されたものと思われます。
高性能化は4年間に渡って行われ、あっという間に小田急から吊り掛け駆動の車両は消えていくこととなります。
組み替えも複雑ながら、登場したのも編成の順番とは一致しておらず、かなりややこしいことになっていました。
以下は各年度に改造された編成をまとめたもので、竣功順に並べています。
【1985年度】
・4051F
・4251F
・4052F
・4252F
【1986年度】
・4055F
・4255F
・4053F
・4253F
・4054F
【1987年度】
・4259F
・4056F
・4260F
・4057F
【1988年度】
・4254F
・4256F
・4058F
・4257F
・4258F
前半こそある程度編成順だったものの、途中からかなり入り乱れていたことが分かります。
改番を行う過程において、極力番号の重複が生じないようにしたことが背景にあり、仮番号を与えた車両もありましたが、最小限に抑えられていました。
番号の重複を避けるには、改造元と末尾の番号を揃えることが有効だったため、そのようにされたケースが比較的多く、結果的に竣功順が入れ替わることとなりました。
小田急の中ではあまりにも目立たない存在でしたが、他の車両にはない個性がありました。
吊り掛け駆動方式で残った最後の通勤型車両でしたが、1985年から高性能車への改造が始まり、他の車両との共通化が図られました。
4000形の高性能化は、冷房化や編成の組み替えを伴う大規模なものとなり、全車両の改番も行われました。
そのような背景から、改造と編成の順番は一致せず、かなり複雑なものとなっています。
高性能化によって整理された4000形
2600形とほぼ同じ車体を新造し、古い車両の機器を組み合わせた4000形は、小田急の大型車としては珍しい3両編成で登場しました。後に中間車を2両追加し、5両化された編成もありましたが、他の形式とは性能や両数が異なるため、後年になるほど使いにくい存在となっていきます。
昭和という時代が終わりに近付く頃、4000形が抱える諸問題を一気に解決するため、高性能化、冷房化、編成替えを伴う大改造が行われることとなりました。
高性能化には廃車となる2400形のモーターが流用され、登場時と同じような状況が再現されます。
編成替えについては、5両の2編成を組み合わせて4両と6両にしたもの、3両と5両を組み合わせて4両の2編成としたもの、3両の2編成を組み合わせて6両にしたものの3パターンがあり、全ての車両が改番されました。
先頭車から中間車に改造された車両もあり、かなり大規模な編成替えとなっています。
4000形が高性能化された順番
4000形の高性能化にあたっては、組み合わせる編成を運用から外し、改造後に順次復帰させていく方法がとられました。改造は元が5両の編成が優先されますが、3両が2編成を繋いで6両を組めるのに対して、5両はどうしても両数の面で扱いにくく、先に改造されたものと思われます。
高性能化は4年間に渡って行われ、あっという間に小田急から吊り掛け駆動の車両は消えていくこととなります。
組み替えも複雑ながら、登場したのも編成の順番とは一致しておらず、かなりややこしいことになっていました。
以下は各年度に改造された編成をまとめたもので、竣功順に並べています。
【1985年度】
・4051F
・4251F
・4052F
・4252F
【1986年度】
・4055F
・4255F
・4053F
・4253F
・4054F
【1987年度】
・4259F
・4056F
・4260F
・4057F
【1988年度】
・4254F
・4256F
・4058F
・4257F
・4258F
前半こそある程度編成順だったものの、途中からかなり入り乱れていたことが分かります。
改番を行う過程において、極力番号の重複が生じないようにしたことが背景にあり、仮番号を与えた車両もありましたが、最小限に抑えられていました。
番号の重複を避けるには、改造元と末尾の番号を揃えることが有効だったため、そのようにされたケースが比較的多く、結果的に竣功順が入れ替わることとなりました。
おわりに
大改造を行って車両としての使いにくさを解消し、2004年まで活躍を続けた4000形。小田急の中ではあまりにも目立たない存在でしたが、他の車両にはない個性がありました。
コメント
コメント一覧 (3)
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5連はさらに後年5+5で10連を組めるので、それなりに合理的ではありましたし、朝の6連急行に3+3で使用するなど柔軟な運用は組まれましたが、非冷房車ではあるので、朝の上り急行にいつまでも使うわけには行かなかったのでしょう。
流用主電動機は1200形、1400形、1600形から流用され、ひとまず3連×22本が造られています。5連化時に主電動機を供出したデハ1501→デハ1914とデニ1101は、いずれもモーター出力が小さかったはずなので、どこかの時点でMB-146モーターに交換されていることになります。そうすると少なくとも2輌分の戦後新製MB-146モーターが、1700、1900、2100からのものに混じっているではないかという疑問が湧きます。そうでないと、輌数のつじつまが合わなくなる気がするのです。
一度は旧性能のまま更新された旧4000ではありますが、車体に2600のものと同等品を新製し、台車も新製で揃えたのは、当時の改造としてはかなり後年まで使う前提設計と言えるのでは無いでしょうか。もっとも、その台車が原因で脱線してしまうまさかの事態にもなったわけですが…。
最後に造られた4021Fと4022Fは同時期に造られた5000の設計を取り入れ、室内無塗装化と運転室ドアの高さを50ミリ高くする変更がなされていました。
また、吊り掛け駆動時代の定期運用終了後に、8054F+4020F+4021Fで4+3+3の10連を組んで、一度だけ「吊り掛け駆動とカルダン駆動の混結」運転が行われたという、希有な形式でもあります。
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