直通運転はほぼロマンスカーのみとなり、小田急の車両を使いつつも線内折り返し運転が基本となった箱根登山線。
かつては急行が直通運転を行い、箱根湯本は小田急線内でもよく見る行先の一つでした。

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箱根登山線には様々な形式が乗り入れを行いましたが、中にはそれが禁止されていた車両もあります。
なぜ乗り入れが禁止されている車両があったのでしょうか。

箱根登山線への乗り入れができない車両

現在は1000形が折り返し運転を行っている箱根登山線ですが、かつては小田急からの急行が乗り入れるのが基本でした。
小田急の車両は直通運転を行い、小田原で折り返すのは箱根登山鉄道の車両というのが基本スタイルで、小田原から箱根湯本までは三線軌条とされていました。
しかし、箱根登山鉄道の車両は徐々に小田原へと顔を出さなくなり、最終的には小田急の車両のみでの運用となっています。

小田急の急行が乗り入れていた時代は、途中駅で多くの列車が分割併合を行っており、小田原方に繋がった車両が乗り入れを行っていました。
頻繁にペアが変わるため、乗り入れ可能な形式は多いほうがよかったものの、実際には乗り入れができない車両もあり、運用には苦労があったようです。

元々は20m級の大型車が乗り入れられなかった箱根登山線ですが、施設の改良等によって解禁され、6両編成の急行が行き交うようになります。
解禁後は乗り入れられる形式が増加しましたが、2600形、4000形、5000形の4両は乗り入れが禁止されていました。
後に2600形と5000形は乗り入れが解禁されますが、4000形は最後まで禁止された状態で、運用上の制約がある状態でした。

箱根登山線に乗り入れができなかった理由

大型車の乗り入れが解禁された後も、箱根登山線への乗り入れができなかった3形式ですが、それはなぜだったのでしょうか。
これらの車両に共通することは、田の字となっている窓を備えることで、上下の両方を上昇させると、全開できる構造となっていました。

全開できる窓の構造は、2400形等の中型車でも多く採用されましたが、こちらは乗り入れが可能となっており、扱いは異なっています。
大型車の場合に禁止されていたのは、車体と構造物が接近する場所があり、窓を開けた際の危険を防止するためだったようです。

2600形以降の車両は車体の幅が2.9mとされており、長さ以外にも大型化が図られていました。
窓が開かないロマンスカーや、下降窓の車両は問題なく乗り入れており、5000形は両数で扱いが異なる結果となります。
後に2600形は下側の窓が開く範囲を制限、5000形は下側を固定して上側の構造を変更することで、箱根登山線への乗り入れが解禁されました。

最後まで乗り入れなかった4000形が謎ですが、補助電源装置のSIVが誘導障害を起こす、電気制動がないといった理由が噂として聞かれました。
しかし、前者は解決できることでしょうし、後者もかつては1900形等の電気制動がない車両が乗り入れており、2600形も回生制動は40km/hまでしか使えず、どうも釈然としません。
結局のところ、運用の乱れで入線してしまった実績があることも踏まえると、各種調整をして乗り入れさせなくても、運用上のデメリットがそこまでなかったのかもしれませんね。

おわりに

最終的には乗り入れに制限がある車両がなくなりながらも、線内折り返し運転へと変わってしまった箱根登山線。
急行でのんびり箱根湯本まで向かうというのも、ロマンスカーとは違う楽しさがあり、よい思い出として残っています。