1969年に営業運転を開始し、4両と6両の編成が登場した小田急5000形。
小田急5000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
製造区分上は8次車であり、5267Fを含む4編成が増備されていますが、そのうちの最初の編成となっています。
車両の仕様としては、側面の窓からHゴムが廃止され、押さえ金式を採用したスタイルとなっており、5000形としての最終形態といえるでしょう。
7次車と基本的には共通の仕様であり、中間車に設置された仕切扉の窓を含めて押さえ金式となっています。
リニューアルは2001年に行われ、5000形としては遅い時期での実施でした。
主に優等列車用として活躍しましたが、各駅停車を含む様々な運用があり、比較的多種多様な列車で見ることができました。
リニューアルから約8年というタイミングで廃車されてしまい、計画変更と思われる事象に翻弄された編成となっています。
※左側が新宿方
デハ5217:8次車
デハ5317:8次車
デハ5417:8次車
デハ5517:8次車
クハ5567:8次車
デハ5217:東急車輛製造
デハ5317:東急車輛製造
デハ5417:東急車輛製造
デハ5517:東急車輛製造
クハ5567:東急車輛製造
デハ5217:1982年4月5日
デハ5317:1982年4月5日
デハ5417:1982年4月5日
デハ5517:1982年4月5日
クハ5567:1982年4月5日
デハ5217:2001年4月3日
デハ5317:2001年4月3日
デハ5417:2001年4月3日
デハ5517:2001年4月3日
クハ5567:2001年4月3日
デハ5217:2009年7月2日
デハ5317:2009年7月2日
デハ5417:2009年7月2日
デハ5517:2009年7月2日
クハ5567:2009年7月2日
小田急5000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
5267Fの概要
6両としての最終増備グループに含まれ、長きに渡って増備された5000形としても、集大成となった車両です。製造区分上は8次車であり、5267Fを含む4編成が増備されていますが、そのうちの最初の編成となっています。
車両の仕様としては、側面の窓からHゴムが廃止され、押さえ金式を採用したスタイルとなっており、5000形としての最終形態といえるでしょう。
7次車と基本的には共通の仕様であり、中間車に設置された仕切扉の窓を含めて押さえ金式となっています。
リニューアルは2001年に行われ、5000形としては遅い時期での実施でした。
主に優等列車用として活躍しましたが、各駅停車を含む様々な運用があり、比較的多種多様な列車で見ることができました。
リニューアルから約8年というタイミングで廃車されてしまい、計画変更と思われる事象に翻弄された編成となっています。
編成表
クハ5267-デハ5217-デハ5317-デハ5417-デハ5517-クハ5567※左側が新宿方
製造区分
クハ5267:8次車デハ5217:8次車
デハ5317:8次車
デハ5417:8次車
デハ5517:8次車
クハ5567:8次車
製造所
クハ5267:東急車輛製造デハ5217:東急車輛製造
デハ5317:東急車輛製造
デハ5417:東急車輛製造
デハ5517:東急車輛製造
クハ5567:東急車輛製造
竣功日
クハ5267:1982年4月5日デハ5217:1982年4月5日
デハ5317:1982年4月5日
デハ5417:1982年4月5日
デハ5517:1982年4月5日
クハ5567:1982年4月5日
車体修理竣功日
クハ5267:2001年4月3日デハ5217:2001年4月3日
デハ5317:2001年4月3日
デハ5417:2001年4月3日
デハ5517:2001年4月3日
クハ5567:2001年4月3日
廃車日
クハ5267:2009年7月2日デハ5217:2009年7月2日
デハ5317:2009年7月2日
デハ5417:2009年7月2日
デハ5517:2009年7月2日
クハ5567:2009年7月2日
5267Fの写真

コメント
コメント一覧 (2)
小田急は小田原線を本線として、江ノ島線と多摩線が支線として伸びているという認識でした。
ですが、先日小田急線に乗車した際の乗り換え案内で、
多摩線への乗り換えは「多摩線はお乗り換えです。」とアナウンスされるのに対し、
江ノ島線への乗り換えは、「片瀬江ノ島方面はお乗り換えです。」とアナウンスされていました。
この言葉回しにはなにか理由があるのでしょうか?
ワタシダ
が
しました