現在は全ての急行と準急が停車し、主要駅の仲間入りをしたともいえそうな小田急の経堂駅。
10両の準急は通過するといったように、かつては同一種別でも両数や時間帯で停車しない列車があり、やや複雑な停車パターンの駅でした。

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両数による通過は、地上にホームがあった時代に長さが足りなかったことが原因ですが、10両分への延長はなぜできなかったのでしょうか。

8両までしかホームの長さがなかった地上時代

複々線化に合わせて高架化された経堂駅は、上りにのみ通過線を備えた2面5線となり、様々なパターンの追い抜きができるようになりました。
ホームの長さは10両の停車に対応しており、設備面の制限で停車しない列車があるという状態は、高架化時に解消しています。

向ヶ丘遊園駅から先で各駅に停まるという以外、かつては急行と停車駅がほぼ同じだった準急ですが、経堂駅は例外となっていました。
急行が通過するのに対して、準急は停車するというのが経堂駅のパターンでしたが、全ての列車が停車するわけではないというのが、さらにややこしい状態を生むこととなります。

準急の一部が通過していた背景には、ホームの長さが短いということが関係しており、10両の準急は停車したくてもできない状態でした。
結果的に、千代田線との直通列車は全て通過ということになりますが、ラッシュ時に停車させたくないという事情もあったため、好都合だった面もあります。

各駅停車の8両化が行われた際には、停車可能な長さにホームが延長されました。
地上時代に10両分まで延長されることはなく、抜本的な改良は複々線化に伴う高架化を待つこととなります。
各駅停車の8両化時にホームが延長される前は、中型車の8両までは停車可能だったように思われますが、大型化や10両化によって、停まれない列車が生まれてしまいました。

ホームの延長は難しかったのか

優等列車が停車する他の駅は、10両分までホームの延長が行われたのに対して、経堂駅は除外されたことになりますが、対応することは難しかったのでしょうか。
地上時代の映像が色々と残っているため、どんな状況だったのかを見てみました。

まず、新宿方についてですが、8両分に延長した時点において、ホームの端が踏切の直前まで達しています。
最大限の用地を使ってホームを延長したことが、この様子から分かりました。

小田原方についてはどうなっていたのかというと、踏切までは少し距離があるものの、隣接する道路とポイントの関係を踏まえると、10両分までの延長は難しかったと思われます。
ホーム自体も先端部はかなり細く、頑張って8両分までは延長したというのが実際のところでしょう。

地上時代の経堂駅は、上下線でホームの先端部がずれていましたが、上り線側は自社の用地が豊富だったため、やや余裕があったのだと思います。
それでも10両分への延長は難しそうで、待避線を廃止するといったことをしない限り、延長は物理的に無理だったといえそうです。

おわりに

停車する列車種別が明確化され、利用者にとっては分かりやすい状態となりました。
普段から乗っていても、どの列車が停まるのかは瞬時に分からなかったため、現在は改善した状態になったということなのでしょうね。