ロマンスカーを除いた場合、小田急で最上位の優等列車となる快速急行。
混雑が集中するという課題は抱えつつも、利用者が積極的に選択する列車種別となっており、小田急沿線ではおなじみの存在となっています。

そんな快速急行について、登場した日から今日までの動きを振り返ってみたいと思います。

通過駅の多さに驚かされた快速急行

小田急の速達種別が急行という時代は、昭和から平成にかけて長く続きました。
沿線の発展が続き、複線の限界といえるほどの列車を運行していたことから、種別を少なくすることで対応していたのだと思います。

1990年代の後半以降、複々線の一部が完成し始め、高架化も進みつつあったためか、ダイヤには徐々に攻めの変化が生じ始めました。
列車種別においては、2002年に湘南急行と多摩急行が新たに設定され、ここから速達化への流れは加速していくこととなります。

今回の主役である快速急行は、2004年10月6日に出されたダイヤ改正のお知らせで公になりました。
速達性が明確に記されており、新宿寄りの主要駅と新百合ヶ丘駅以西の移動をする場合、所要時間が短縮されるとアピールされています。
下北沢駅から新百合ヶ丘駅までは無停車となり、15の駅を通過するという思いきった決断には、とにかく驚かされました。

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発表から2ヶ月ほどが経過した12月11日、多くの遠距離利用者の期待を背負って快速急行はデビューしました。
快速急行が設定できるようになった背景には、梅ヶ丘駅から喜多見駅までの複々線が完成したことが寄与しており、速達種別を小田原線に設定する余地が生まれたことになります。

登場した頃の快速急行は、入れ替わりで廃止された湘南急行を発展させた要素が大きく、江ノ島線が運行の中心でした。
小田原駅発着の列車も設定されていましたが、1時間に1本程度の設定だったため、相模大野駅以西では狙わなければ乗れない種別だったのです。
快速急行自体の本数も少なく、あくまでも優等列車の中心は急行であり、日中の移動時間を短くする要素が強い列車でした。

速達性が高いことから、利用者における評判はよかったのか、ダイヤ改正の度に快速急行は本数を増加させていくこととなります。
基本的な運行パターンは維持され、急行が中心種別であることは変わりませんでしたが、運行時間帯を拡大する動きが断続的に続き、総本数は増えていきました。

最終的に中心種別となった快速急行

速達種別として登場して以降、快速急行は朝のラッシュ時に設定されませんでした。
複々線があるとはいえ、列車密度が高い時間帯は速達性を発揮しにくく、設定するメリットが得にくかったのでしょう。
そのような状況に変化があったのは2014年のことで、限定的な設定ながら快速急行が朝にも走ることになりました。

ラッシュ時に設定された快速急行に乗った印象は、混んでいるとドアが開く機会が少ないのが辛く、急行のほうがよいというものでした。
列車密度が高いため、日中よりも所要時間が長かったこともあり、あまり積極的には使わなかった記憶があります。

本数を増やしてきた快速急行でしたが、最大の変化は2016年のことでした。
現在に繋がるダイヤのパターンに変更されたのがこの時であり、快速急行が優等列車の中心に据えられたことで、多くのタイミングにおいて狙わずに乗れる列車へと変化したのです。
下北沢駅から新百合ヶ丘駅間がノンストップなのは変わらず、昔の小田急を知っている身としては、あまりにも驚かされる展開でした。

2018年に複々線が完成すると、ほとんどの時間帯で快速急行が中心的役割を担うようになり、多摩線での運行も開始されます。
一方で、このタイミングで登戸駅が停車駅に加わり、利用者の間では様々な意見が交わされることとなりました。

その後の快速急行は、経営環境の変化もあったためか、どちらかというと速達性を落とす傾向になっています。
途中駅で急行に変化して停車させ、後に正式に停車駅化した開成駅の件や、本数を減らし続ける多摩線の設定等が代表例といえるでしょう。

登場から現在まで、本数を増やしてきた快速急行ですが、近年は混雑集中という課題が生じているほか、停車駅の追加や停車時間の増加により、以前よりも早いと感じなくなったようにも思います。
20年以上も走り続けている種別ですが、この先どんな変化を見せてくれるのでしょうか。

おわりに

気付けば登場から20年以上が経過し、速達列車の主役に据えられている快速急行。
特急との住み分けも必要で悩ましいところですが、遠近分離の基本を忘れることなく、停車駅が増え続けた急行のようにならないことを願うばかりです。