2002年に多摩急行が設定され、本格的に優等列車が走るようになった小田急の多摩線。
近年は日中を中心に途中駅を通過しない列車が増加し、運用を効率化しつつ、線内全駅の利便性を高める方向となっています。

小田急の中では歴史が浅く、路線の距離も短い多摩線ですが、これまでに設定された列車種別は意外に豊富です。
各列車種別が設定されていた時期は、それぞれいつだったのでしょうか。
多摩ニュータウンへのアクセス路線として開業しましたが、小田原線の線路容量がひっ迫していたこともあり、各駅停車のみで運行する時期が続くこととなります。
沿線の発展や、複々線化の進展に合わせ、多摩線にも優等列車が設定されるようになりましたが、現在までに消滅した種別もあります。
まずは各列車種別が設定されていた時期について、確認してみましょう。
以下は列車種別ごとの設定時期で、登場順に記載しました。
各駅停車:1974年6月1日~
急行:2000年12月2日~
特急:2000年12月2日~2016年3月25日
多摩急行:2002年3月23日~2018年3月16日
区間準急:2004年12月11日~2016年3月25日
準急:2014年3月15日~2018年3月16日
通勤急行:2018年3月17日~
快速急行:2018年3月17日~
多摩線には50年以上の歴史がありますが、優等列車が設定されたのは開業から26年後で、かなり時間が経過してからのことでした。
臨時列車等でロマンスカーが走ることはありましたが、定期運行としては線内を折り返す各駅停車が基本で、ローカルムードが漂う状態が長く続いていたことになります。
同時に8種別が設定されたことはなく、最も多かった時期は2014年から2016年にかけての6種別でした。
小田原線では当たり前の存在である準急は、多摩線だと短期間の設定となっており、僅か4年ほどしか運行されませんでした。
設定されていた本数も1日に1本といった状態で、ダイヤの都合に合わせて準急として運行されていたものでしょう。
各駅停車ばかりの路線だった多摩線は、2000年代から一気に列車種別を増やしていますが、沿線を発展させるためという意図もあったように思います。
小田原線への直通列車があるという状態は、不動産等の販売においてメリットがあり、利用者の増加にも寄与したといえそうです。
2016年に小田急全体で日中の運行パターンが変更され、多摩線については優等列車の本数を増やしつつも、列車種別自体は整理されていく流れとなりました。
近年は列車種別の数自体は変わらないものの、停車駅の変更等を行うことで、多摩線内の途中駅を通過する列車は激減しています。
多摩線の沿線が成熟したこともあり、輸送力を適正化しつつ、各駅の利便性を高める方向にシフトしているのでしょうね。
快速急行の本数が年々減っていますが、今後も設定され続けるのかは気になるところです。
近年は日中を中心に途中駅を通過しない列車が増加し、運用を効率化しつつ、線内全駅の利便性を高める方向となっています。

小田急の中では歴史が浅く、路線の距離も短い多摩線ですが、これまでに設定された列車種別は意外に豊富です。
各列車種別が設定されていた時期は、それぞれいつだったのでしょうか。
各列車種別の設定時期
1974年に小田急永山駅を終点として部分開業した多摩線は、翌年に小田急多摩センター駅、1990年に唐木田駅まで延伸し、現在の状態が形成されました。多摩ニュータウンへのアクセス路線として開業しましたが、小田原線の線路容量がひっ迫していたこともあり、各駅停車のみで運行する時期が続くこととなります。
沿線の発展や、複々線化の進展に合わせ、多摩線にも優等列車が設定されるようになりましたが、現在までに消滅した種別もあります。
まずは各列車種別が設定されていた時期について、確認してみましょう。
以下は列車種別ごとの設定時期で、登場順に記載しました。
各駅停車:1974年6月1日~
急行:2000年12月2日~
特急:2000年12月2日~2016年3月25日
多摩急行:2002年3月23日~2018年3月16日
区間準急:2004年12月11日~2016年3月25日
準急:2014年3月15日~2018年3月16日
通勤急行:2018年3月17日~
快速急行:2018年3月17日~
多摩線には50年以上の歴史がありますが、優等列車が設定されたのは開業から26年後で、かなり時間が経過してからのことでした。
臨時列車等でロマンスカーが走ることはありましたが、定期運行としては線内を折り返す各駅停車が基本で、ローカルムードが漂う状態が長く続いていたことになります。
意外と変化が多い多摩線の列車種別
多摩線には現在までに8種別が設定されてきましたが、現在も残るのは4種別です。同時に8種別が設定されたことはなく、最も多かった時期は2014年から2016年にかけての6種別でした。
小田原線では当たり前の存在である準急は、多摩線だと短期間の設定となっており、僅か4年ほどしか運行されませんでした。
設定されていた本数も1日に1本といった状態で、ダイヤの都合に合わせて準急として運行されていたものでしょう。
各駅停車ばかりの路線だった多摩線は、2000年代から一気に列車種別を増やしていますが、沿線を発展させるためという意図もあったように思います。
小田原線への直通列車があるという状態は、不動産等の販売においてメリットがあり、利用者の増加にも寄与したといえそうです。
2016年に小田急全体で日中の運行パターンが変更され、多摩線については優等列車の本数を増やしつつも、列車種別自体は整理されていく流れとなりました。
近年は列車種別の数自体は変わらないものの、停車駅の変更等を行うことで、多摩線内の途中駅を通過する列車は激減しています。
多摩線の沿線が成熟したこともあり、輸送力を適正化しつつ、各駅の利便性を高める方向にシフトしているのでしょうね。
おわりに
これまでに8種類の列車種別を設定し、現在は4種別の状態で落ち着いている多摩線。快速急行の本数が年々減っていますが、今後も設定され続けるのかは気になるところです。


コメント
コメント一覧 (9)
夕ラッシュ時は6両の各停だと混雑が激しい時もあるので、10両編成を増やしてほしいです。
最近発表された2024年度乗降客数を見ても、多摩センターと黒川が5%以上伸びています。
多摩センターは京王は微増なので、小田急に勢いがありますね。
ちなみに、はるひ野も3%以上伸びているので、急行を各停化したのは理にかなっています。
これから更なる利便性向上に期待です。
ワタシダ
が
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現在、五月台利用客は通勤急行には乗車出来ず差別されています。はるひ野、黒川は栗平で後続の通勤
急行に乗り換え出来ます。
ワタシダ
が
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ワタシダ
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多摩ニュータウンは多摩線・京王相模原線の開通直前の1973年秋のオイルショックをきっかけに、計画が約半分に縮小されました。多摩線も相模原線も現状よりもずっと大きな多摩ニュータウンを前提に計画・設計されました。
今、多摩ニュータウンも人口減少や高齢化が始まっていて、再開発がうまくまとまった団地と、まとまらずにゴーストタウン化しつつある団地とに分かれつつあります。
もう1つ最初に書いたことと関連して、恵泉女子大の廃校(現3年生を最後に募集停止)、中央大学や大妻女子大の都心回帰で大学生の通学需要は減っていきます。
最近の多摩線ですが、多摩ニュータウンでの京王との競争よりも、小田急不動産も開発に深く関与した(今も新規物件が売り出されています)麻生区区間の利便を重視していて、それも急行の全駅停車化の背景の一つかな感じるのですが、実際はどうなのでしょうか。
多摩ニュータウンは高齢化・人口減少に大学生の利用減で、京王と競争してもマイナス・サム・ゲームです。最悪のシナリオは消耗戦になって共倒れです。両社とも将来について悩むでしょうね。
ワタシダ
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ワタシダ
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特急:新百合ヶ丘~永山ノンストップ
多摩急行・急行:途中栗平に停車
準急・区間準急・各停:各駅に停車
多摩急行は多摩線内で急行との停車駅差はなく、小田原線内で差がありました(多摩急行は向ケ丘遊園を通過・経堂は全て停車)。
現在では急行も多摩線内は各駅に停車となり、快速急行のみが五月台・黒川・はるひ野を通過します(特急は廃止済)。
多摩センターにかつて待避線があったのは、建設時はまだ何もない原山で用地確保が格安かつ容易なためで、多摩ニュータウンの需要が予測を下回って特に小田急が利用少なかったこともあり、小田急多摩センター駅の副本線は廃止されました。
ワタシダ
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それにしてもニュータウン流行に乗っかるようにしてせっかく造った新線なのに2000年まで急行運転が無かったのはちょっと酷いですね。
ワタシダ
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複々線化の全面完成と同時に登場した快速急行も相模原線特急への対抗策的な意味合いで増発が期待されとりましたが、ルート面や所要時間面での不利さからこのまま廃止になってしまうのではないでしょうか?その代わりに相模原線京王ライナーへの対抗策として、多摩線系統のホームウェイ復活を密かに願う声も出たりしますが、果たして…?
ワタシダ
が
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