前面に展望席を設けた車両を走らせているとして、全国的にも有名になった小田急のロマンスカー。
現在は70000形(GSE)の2編成のみとなってしまいましたが、将来的には再度増加に転じる可能性もありそうです。
そんなロマンスカーですが、連接車であるという伝統もありました。
50000形(VSE)の引退により途絶えてしまいましたが、これまでに何両の連接車が造られたのでしょうか。
SEは軽量で高性能な車両を目指しており、乗り心地や軽量化等の面でメリットが多い連接車とすることで、求められる車両としての性能を充足させることとなります。

特殊な路線を除き、連接車を導入しても続かない鉄道会社が多い中、小田急はその後のロマンスカーでも連接車を採用し続けました。
日本国内において、路面電車等以外でこれだけ連接車を採用した例はなく、小田急という会社を象徴する設計の一つとなります。
時代が平成に移ると、ロマンスカーにも再びボギー車の時代が到来しますが、VSEでは連接車としてのロマンスカーを復活させ、世間を驚かせました。
しかし、近年はホームドアの導入等もあってか、連接車の新規導入はVSEを最後に途絶えてしまい、それもまた引退により過去のものとなっています。
今後増える可能性もないとはいえませんが、VSEの引退により全ての車両が過去帳入りした現段階において、一度カウントしてみたいと思います。
以下は連接車として造られたロマンスカーで、それぞれの製造両数を記載しました。
3000形(SE):32両
3100形(NSE):77両
7000形(LSE):44両
10000形(HiSE):44両
50000形(VSE):20両
合計:217両
結果は217両となり、これが現在までに作られた連接車の総両数です。
SEは8両編成として登場し、国鉄の御殿場線に乗り入れるための改造時に5両化されたため、2両は早々に廃車されていますが、カウント上は32両ということになります。
両数だけではなく、連接部の数でもカウントしてみたところ、総数は196となりました。
これだけ多いとなると、両数の時点でも国内トップクラスなのでしょうが、台車の数でも他社の追随を許さないレベルといえそうです。
今の時代に連接車を採用することは、昔以上にハードルが高くなっていますが、再度登場することはあるのでしょうか。
現在は70000形(GSE)の2編成のみとなってしまいましたが、将来的には再度増加に転じる可能性もありそうです。
そんなロマンスカーですが、連接車であるという伝統もありました。
50000形(VSE)の引退により途絶えてしまいましたが、これまでに何両の連接車が造られたのでしょうか。
ロマンスカーの伝統だった連接車
1957年に登場した3000形(SE)は、小田急初の連接車として造られました。SEは軽量で高性能な車両を目指しており、乗り心地や軽量化等の面でメリットが多い連接車とすることで、求められる車両としての性能を充足させることとなります。

特殊な路線を除き、連接車を導入しても続かない鉄道会社が多い中、小田急はその後のロマンスカーでも連接車を採用し続けました。
日本国内において、路面電車等以外でこれだけ連接車を採用した例はなく、小田急という会社を象徴する設計の一つとなります。
時代が平成に移ると、ロマンスカーにも再びボギー車の時代が到来しますが、VSEでは連接車としてのロマンスカーを復活させ、世間を驚かせました。
しかし、近年はホームドアの導入等もあってか、連接車の新規導入はVSEを最後に途絶えてしまい、それもまた引退により過去のものとなっています。
小田急で造られた連接車の両数
多くの連接車を導入した小田急ですが、製造された総両数はどうなっているのでしょうか。今後増える可能性もないとはいえませんが、VSEの引退により全ての車両が過去帳入りした現段階において、一度カウントしてみたいと思います。
以下は連接車として造られたロマンスカーで、それぞれの製造両数を記載しました。
3000形(SE):32両
3100形(NSE):77両
7000形(LSE):44両
10000形(HiSE):44両
50000形(VSE):20両
合計:217両
結果は217両となり、これが現在までに作られた連接車の総両数です。
SEは8両編成として登場し、国鉄の御殿場線に乗り入れるための改造時に5両化されたため、2両は早々に廃車されていますが、カウント上は32両ということになります。
両数だけではなく、連接部の数でもカウントしてみたところ、総数は196となりました。
これだけ多いとなると、両数の時点でも国内トップクラスなのでしょうが、台車の数でも他社の追随を許さないレベルといえそうです。
おわりに
ロマンスカーの伝統でもあった連接車が途絶えてから、時間は進み続けています。今の時代に連接車を採用することは、昔以上にハードルが高くなっていますが、再度登場することはあるのでしょうか。


コメント
コメント一覧 (10)
小田急の場合、曲線が多いですから連接車の方が安全性を確保しやすかった、さらに良い乗り心地を提供するため、とのことだったようです。
確かに、カーブだらけながら乗り心地は良好でしたね。
小田急では整備の簡略化の観点と思われますが放棄されるに至りましたが、願わくばどこか同業他社で連接車の技術が継承されていくことを願いたいですね。
どこでまた日本の鉄道技術の飛躍に貢献するか分かりませんしね。
ワタシダ
が
しました
缶飲料などではなく、喫茶店さながらにグラスに入れられた紅茶などを景色を眺めながら飲むのが、何とも言えない非日常感に浸れるひとときでした。
カタタン カタタンの連接音、ポロロロ~ンのオルゴール音も心地よく響いてきました。
時代は移り、もう味わうことはできないでしょう。
ワタシダ
が
しました
1.イヘ900:移動変電車。2輌でしたが2輌とも同番号で、2輌で連接車になっていました。
2.旧モニ1形の車体を利用した車体傾斜試験車:無番でしたが、2200形に挟まれて試運転。台車の位置は連接車の位置になっていて、旧車体の台枠は大改造されていました。
このうち2は、小田急が熱心に研究していた空気バネによる車体傾斜の実験車で、このデータは、結局VSEで生かされることになりました。
1のほうは、隣に連結されたイヘ910に、旧ロマンスカーの台車MD5が流用されていました。
小田急としては、連接車の導入にあたり、西鉄モ500形を見学に行ったようです。
ワタシダ
が
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よほど急カーブが多かったり、床下スペースに機器余裕がなさ過ぎて台車を減らすことでスペース捻出するとか相当の理由がなければ新規採用は絶望的ですね…路面電車くらいでしょう…。
余談ながら、大江戸線の車両に仮に連接台車導入したら、西新宿五丁目付近など数多の急カーブがさらにスムーズになり、CBTCの機器もある程度床下に搭載できそう(それはないか…(苦笑))
リニアは台車構造がかなりシンプルなので、操舵機構とかいろいろ噛ましやすいんですね。
ワタシダ
が
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連接台車は初代SEの頃から採用され、NSEでは展望席が初採用、RSEではそれまでの常識を破りそれらが採用されず、以降のロマンスカーはVSEを除いてボギー台車が基本となりました。やはりメンテナンスやホームドアの問題、更には日本の鉄道用線路が高速志向ではなかったなど様々な問題があったからこそ、ロマンスカー以外で連接台車の採用例が少なかったのかもしれませんね(海外ではTGVやICEなどヨーロッパの高速鉄道で採用例が多数存在し、設計にあたっては日本の新幹線はもとより、小田急ロマンスカーの連接台車を参考にしたとも言われてるようです)。
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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