世の中の移り変わりは早いもので、数年前とは状況が一変しているというような時期も、生きていく中で何度か体験します。
そんな激動の時代の中で、未来を見据えた要素を盛り込み、小田急は多くの新型ロマンスカーを世に送り出してきました。

登場後に状況が変化し、思ったとおりの活躍ができない車両も存在します。
シリーズでまとめている時代に翻弄されたロマンスカーですが、今回は20000形(RSE)に焦点を当てたいと思います。

ロングランの豪華なロマンスカー

1955年に始まった御殿場線との直通運転は、長く小田急の車両を使用した片乗り入れで行われていました。
ディーゼルカーから始まった乗り入れは、やがて3000形(SE)へと変わり、その状態が長年に渡って続いていましたが、1991年に世代交代が行われることとなります。

あさぎり号にとって大きな転機となった1991年は、小田急とJR東海がそれぞれ新型車両を造り、相互直通運転へと発展するというものでした。
基本となる設計は両社で共通としつつも、それぞれの色が濃く出た車両に仕上げられ、小田急からはRSEがデビューすることとなります。

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前面展望席がなく、連接車でもない、相互直通運転化によりロマンスカーの伝統的な要素は外されていますが、その分様々な独自要素を盛り込んでの登場となりました。
最も目立つのは、中間に組み込まれた2両のダブルデッカー車で、これは小田急の歴史上において唯一の採用事例となっています。

御殿場駅までの運行だったあさぎり号は、RSEが登場するタイミングから沼津駅まで走るようになり、新たな観光需要を取り込む狙いがありました。
相互直通運転の開始に向けて進んでいた頃の日本は、後にバブル景気と呼ばれるようになる時代であり、リゾート地の開発等も盛んに行われており、あさぎり号もこの影響を大きく受けています。

新宿駅から沼津駅まで、RSEは2時間程度のロングランとなるため、それまでの車両以上の豪華な設備を備えました。
編成中には、JRのグリーン車にあたるスーパーシートや、セミコンパートメントを設け、長い乗車時間を快適に過ごせるように配慮されています。

避けられなかったバブル崩壊の影響

注目を浴びつつデビューしたRSEですが、登場した時点で暗雲が漂いつつあるような状況でした。
後にバブル崩壊と呼ばれ、日本は長い不況へと突入していくこととなり、そんな時期に豪華なRSEは運行を開始することとなります。

運行開始当初はまだよかったようですが、バブル崩壊の影響はあさぎり号の乗車率に色濃く反映され、年々利用者は落ち込んでいきました。
レジャーの需要を見込んでいたあさぎり号の乗車率は低迷し、特に御殿場線内では空席が目立つようになっていきます。
マイカーや高速バスへのシフトも進み、バブル崩壊以外の要素においても、あさぎり号にとっては苦しい展開となりました。

登場した時期があまりにも悪すぎた、RSEはそんな車両だったように思います。
豪華な装備が本領を発揮する機会は少なかったものの、引退の日まであさぎり号として活躍し続けられたことは、RSEにとって幸せなことだったのかもしれません。

おわりに

RSEの引退に合わせ、あさぎり号は小田急からの片乗り入れに戻り、車両も60000形(MSE)へと変わりました。
現在は愛称もふじさん号に変わり、細々と運行を続けている状況ですが、その未来は決して安泰とはいえず、先行きが心配ではあります。