1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2400形としては比較的後期の編成ですが、短期間で集中して増備されたこともあってか、目立つ仕様変更は発生していません。
車体は2次車以降の標準的なもので、車体の外板は一般的な厚さとされています。
他の編成と同様に、登場後には前面への種別幕の追加や、ドアにステップを取り付けるといった改造が行われました。
1979年以降には、小規模な車体の修繕も行われています。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ幅広い運用で活躍しました。
1988年度に廃車となり、外されたモーターを4000形に譲っています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
デハ2437:調査中
デハ2438:調査中
クハ2488:調査中
デハ2437:日本車輌製造
デハ2438:日本車輌製造
クハ2488:日本車輌製造
デハ2437:1962年8月30日
デハ2438:1962年8月30日
クハ2488:1962年8月30日
デハ2437:1988年1月14日
デハ2438:1988年1月14日
クハ2488:1988年1月14日

写真提供:小田急指令掛川様
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2487Fの概要
1962年の夏に登場した編成で、2487Fの竣功後は半年ほど増備が空くこととなります。2400形としては比較的後期の編成ですが、短期間で集中して増備されたこともあってか、目立つ仕様変更は発生していません。
車体は2次車以降の標準的なもので、車体の外板は一般的な厚さとされています。
他の編成と同様に、登場後には前面への種別幕の追加や、ドアにステップを取り付けるといった改造が行われました。
1979年以降には、小規模な車体の修繕も行われています。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ幅広い運用で活躍しました。
1988年度に廃車となり、外されたモーターを4000形に譲っています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
クハ2487-デハ2437-デハ2438-クハ2488※左側が新宿方
製造区分
クハ2487:調査中デハ2437:調査中
デハ2438:調査中
クハ2488:調査中
製造所
クハ2487:日本車輌製造デハ2437:日本車輌製造
デハ2438:日本車輌製造
クハ2488:日本車輌製造
竣功日
クハ2487:1962年8月30日デハ2437:1962年8月30日
デハ2438:1962年8月30日
クハ2488:1962年8月30日
廃車日
クハ2487:1988年1月14日デハ2437:1988年1月14日
デハ2438:1988年1月14日
クハ2488:1988年1月14日
2487Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様


コメント
コメント一覧 (3)
当時は会場に2200形のカットモデルがあったように記憶しています。
後年団地住まいで、スペースの関係から、某列車名の店で委託販売してもらいましたが、よくよく思い出してみると、裏側が生のアスベストべったりだったように思います。
2400はなぜか戸袋窓の下に車号とOERマークでしたね(他車は開閉窓下)。
ワタシダ
が
しました
前者のは、如何にも古い!って感じでしたからね。
ワタシダ
が
しました
最後まで全号車のドアが鋼製のままだったこともあり、ずいぶんとボロかった印象が残ってるが、わずか25年ちょっとで廃車になっていることに衝撃。
大した更新もしてない2000形1次が今30年経過しても現代に合わないほどボロでないこととの差がすごい
ワタシダ
が
しました