5000形により置き換えが進められ、最盛期よりも半減してしまった小田急の8000形。
一方で、2020年に廃車が始まって以降、5年が経過しても半減で済んでいるというのは、置き換えのペースがゆるやかであることも意味しています。

そんな8000形ですが、過去には様々な装飾編成が登場し、話題を提供してくれた車両でもありました。
最も派手だったのはポケット号ですが、これを令和の時代に復活させるのは難しいのでしょうか。

3色を配した8000形のポケット号

1983年に営業運転を開始した8000形は、中型車で非冷房の2200系列を順次置き換えていきました。
それまでの小田急顔の流れから脱却し、形式ごとにデザインが異なる時代へと変化していく、そんな時期における象徴的な車両だったともいえます。

従来車と同様、ケイプアイボリーの車体にロイヤルブルーの帯を巻く姿となった8000形ですが、過去には様々な装飾編成が登場しました。
その中でも、8052Fと8257Fについては、製造時から装飾が施された編成となっており、派手な姿で沿線に話題を提供することとなります。

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写真提供:小田急指令掛川

走るギャラリーと書かれたヘッドマークを掲げ、下から茶、黄、赤を配したカラーリングとされ、鮮やかで目立つものでした。
これらの各色は小田急の歴史を表現しており、戦前の車両、旧塗装、ロマンスカーを盛り込んだものとなっています。

1984年に運行を開始した2編成でしたが、登場時には愛称が設定されていませんでした。
後に一般公募によって愛称が決められ、ポケット号と名付けられて1987年まで見ることができました。

ポケット号の復活は難しいのか

8000形に施された装飾において、ポケット号は最もインパクトがあったように思います。
ロイヤルブルーの帯を巻いていないことから、それだけ特別感があったのかもしれません。

スローペースとはいえ、8000形の廃車が進められている中、かつての姿をもう一度見てみたいと願うのは、私だけではないと思います。
外観の変更だけを行えばよいため、物理的に復活させること自体は可能ですが、どういったハードルがあると考えられるのでしょうか。

まず最初に、権利関係がどうなっているのかという点が、ハードルになるものと思われます。
仮に何らかの権利関係が存在していた場合、その整理ができなければ、復活のスタートラインにさえ立てない可能性があるでしょう。

権利関係に問題がなかったとした場合、次のハードルはどうやって装飾を再現するかです。
当時は塗装でこの姿を実現していますが、技術が進んだ現代においては、ラッピングで再現するのが現実的でしょう。
車体色自体が異なるため、全体をラッピングしてしまうか、塗り替えて下部のみをラッピングするかというところですが、このあたりは検査のタイミング等も関係しそうです。

車体装飾となれば、小田急にとってのトラウマでもある、広告に関する条例も気になります。
一方で、特別装飾の再現であれば広告ではないため、全く関係ないのかもしれません。

このあたりまで整理されてくると、やはり気になるのはコストの問題です。
検査のタイミングで車体の再塗装を行うことから、そのタイミングに合わせて車体色を変えれば、実質的なコストは下部のラッピングだけで済みます。
それでも、編成全体に施工するとなれば少額では済まず、今後検査を通る編成があるのかという問題もあり、厳しいというのが実際のところでしょう。

コスト面が最終的なハードルになるようであれば、クラウドファンディング等で資金を集めるのが、現代においては最も現実的なようにも思います。
返礼品は撮影会への参加権等を用意すれば、意外と資金は集まりそうな気がしており、面白いのではないでしょうか。
撮影会のためだけのラッピングではなく、その後もそのままの姿で運行すれば、グッズ販売等での収益も見込めそうであり、場合によっては利益を生み出せるようにも思いました。



写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。

おわりに

2600形や7000形(LSE)で旧塗装の復活を行って以降、そういった取り組みからは遠ざかっている小田急。
様々な装飾が施された8000形であり、それを引退前にもう一度見てみたいと思うのは私だけでしょうか。