かつては千代田線の主力として大勢を占め、小田急線内でも頻繁に目にすることができた東京メトロの6000系。
16000系の登場により2010年から廃車が開始され、2018年に現役を引退しました。

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増備を重ねる中で、様々な改良が加えられていった6000系ですが、初期の編成ほど窓が小さく造られていました。
窓が小さいことには理由がありましたが、乗り入れ先での印象は決してよくなかったように思います。

全ての側面窓が小さかった6000系

非対称の前面デザインや、電機子チョッパ制御等を採用した画期的な車両として、1968年に6000系の試作車が登場しました。
その後、試作車をもう1本追加し、量産車の製造へと移行していきましたが、一貫していたのは全体的に小さい側面の窓でした。

6000系は製造された時期によって車体の仕様が異なりますが、3次車までの編成は特に窓が小さいという特徴があります。
側面窓は上段が下降式、下段が上昇式の2段窓で、いわゆる田の字窓と呼ばれるものでした。
サイズは当時の一般的な車両よりも小さく、車体の軽量化を意図しての採用となっています。

ドアの窓についても、6000系は小さいものが採用されました。
これは子供が手を引き込まれないようにするといった理由のようで、他社でも同様の事例が散見されます。
戸袋窓もなかったため、側面はとにかく開口部が少ないといった印象の車両でした。

窓が小さい点については、4次車で8000系に合わせた変更が行われ、上下が分かれない1枚窓の下降式となっています。
ドアの窓は小さなままでしたが、増備や更新の過程で少しずつ大きくなり、最終的には一般的なサイズまで大きくされた編成も現れました。

乗り入れ先における印象

理由があって小さくされた6000系の窓でしたが、乗り入れ先での印象はどういったものだったのでしょうか。
小田急にしろ、常磐緩行線にしろ、走るのは地上であり、千代田線内とは大きく環境が異なっています。

地下鉄用の車両として登場した6000系は、ほぼトンネルの中を走るという前提において、窓が小さくてもよいと考えられた面はあるのでしょう。
しかし、実際には乗り入れ先で地上区間を走る機会が多く、地下ばかりを走るという車両でもありませんでした。

乗り入れ先を走る6000系は、とにかく他の車両に比べて暗いというのが、一貫したイメージだったように思います。
小田急や国鉄といえば、昔は戸袋窓を当たり前に設けており、開口部の多さと窓の大きさの両面において、その差は明らかでした。

乗り入れ先で地上を走ることが分かっていながら、このような設計となった6000系でしたが、それだけ軽量化を徹底したいという背景があったのかもしれません。
一方で、徐々に窓が大きくなっていったという事実も無視できず、それだけ利用者の印象はよくなかったのかもしれません。

おわりに

小さな窓を採用しつつ、増備の過程や改造において、サイズを大きくしていった6000系。
地下鉄といえば窓が小さいといった時代はいつの間にか終わり、現代においては特別な差がほとんど見られなくなりました。