2600形と同じ車体に旧型車のモーター等を組み合わせ、1966年から増備が開始された小田急の4000形。
当時としては近代的な車体を持ちながら、吊り掛けモーターの重い音を響かせる車両で、他社においても似たような事例が相次いだ時代でした。
興味深い要素が多い4000形ですが、小田急で唯一パイオニア台車を採用し、外側に装備されるディスクブレーキが目立つ車両として有名です。
パイオニア台車は軽いといわれますが、重量にはどれぐらいの違いがあったのでしょうか。
他には東急や京王、関西の南海でも見ることができた台車で、外側に装備されたディスクブレーキが特徴となっています。

写真提供:小田急指令掛川様
パイオニア台車は、アメリカのバッド社が開発した台車で、ライセンスの供与を受けた東急車輛製造が日本向けに提供しました。
ディスクブレーキだけではなく、台車自体も特徴的な外見をしていますが、これはメンテナンスフリー化や軽量化を重視した設計によるものです。
4000形への採用にあたっては、東急から7000系を借りて小田急線内で試運転を実施し、事前に念入りな確認が行われていました。
電動車にはPⅢ-706M、制御車にはPⅢ-706Tが採用され、アルストムリンク式の台車が多い小田急の中で異彩を放つこととなります。
電動車の比率が高めに設定されているとはいえ、重さは加速性能に直結する課題となることから、少しでも軽くしたいという思惑があったのでしょうか。
意欲的な理由で採用したと思われるパイオニア台車ですが、後に1800形との併結運転において問題が発生し、脱線を引き起こす原因となってしまいました。
そこで、併結を中止して中間車を増備する対応が行われますが、その際にパイオニア台車は新規製造されず、TS台車が採用されることとなります。
中間車の増備にあたっては、制御車が履いていたパイオニア台車を改造し、流用するという対応が行われました。
制御車は新造のTS台車を履くことになりましたが、パイオニア台車の発生品が4両分不足したことから、電動車にも4両だけTS台車が履かされています。
今回のテーマであるパイオニア台車の軽さについては、この異端車を利用して確認することにしましょう。
パイオニア台車を履く中間車の自重は、デハ4200が36.89t、デハ4300が37.14tとなっています。
対するTS台車を履く車両はというと、デハ4200が37.54t、デハ4300が37.79tとなっており、その差はどちらも0.65tでした。
他の要素が含まれる可能性もありますが、これだけの差があったことを示しており、実際に相当軽かったといえそうです。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
発電制動を持たない4000形においては、安定した制動力が得られるディスクブレーキが重宝され、最大の特徴として引退まで続くこととなりました。
当時としては近代的な車体を持ちながら、吊り掛けモーターの重い音を響かせる車両で、他社においても似たような事例が相次いだ時代でした。
興味深い要素が多い4000形ですが、小田急で唯一パイオニア台車を採用し、外側に装備されるディスクブレーキが目立つ車両として有名です。
パイオニア台車は軽いといわれますが、重量にはどれぐらいの違いがあったのでしょうか。
4000形が装備したパイオニア台車
HB車と呼ばれる旧型車のモーター等を活用し、輸送力増強のために車体を大型化した4000形は、パイオニア台車と呼ばれる特徴的な台車を履いて登場しました。他には東急や京王、関西の南海でも見ることができた台車で、外側に装備されたディスクブレーキが特徴となっています。

写真提供:小田急指令掛川様
パイオニア台車は、アメリカのバッド社が開発した台車で、ライセンスの供与を受けた東急車輛製造が日本向けに提供しました。
ディスクブレーキだけではなく、台車自体も特徴的な外見をしていますが、これはメンテナンスフリー化や軽量化を重視した設計によるものです。
4000形への採用にあたっては、東急から7000系を借りて小田急線内で試運転を実施し、事前に念入りな確認が行われていました。
電動車にはPⅢ-706M、制御車にはPⅢ-706Tが採用され、アルストムリンク式の台車が多い小田急の中で異彩を放つこととなります。
パイオニア台車はどれぐらい軽かったのか
小さい車体の車両から重い吊り掛けモーターを流用し、車体を大きくした4000形という車両において、軽量化が可能なパイオニア台車は魅力的だったものと思われます。電動車の比率が高めに設定されているとはいえ、重さは加速性能に直結する課題となることから、少しでも軽くしたいという思惑があったのでしょうか。
意欲的な理由で採用したと思われるパイオニア台車ですが、後に1800形との併結運転において問題が発生し、脱線を引き起こす原因となってしまいました。
そこで、併結を中止して中間車を増備する対応が行われますが、その際にパイオニア台車は新規製造されず、TS台車が採用されることとなります。
中間車の増備にあたっては、制御車が履いていたパイオニア台車を改造し、流用するという対応が行われました。
制御車は新造のTS台車を履くことになりましたが、パイオニア台車の発生品が4両分不足したことから、電動車にも4両だけTS台車が履かされています。
今回のテーマであるパイオニア台車の軽さについては、この異端車を利用して確認することにしましょう。
パイオニア台車を履く中間車の自重は、デハ4200が36.89t、デハ4300が37.14tとなっています。
対するTS台車を履く車両はというと、デハ4200が37.54t、デハ4300が37.79tとなっており、その差はどちらも0.65tでした。
他の要素が含まれる可能性もありますが、これだけの差があったことを示しており、実際に相当軽かったといえそうです。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
おわりに
高性能化時に4000形のパイオニア台車は淘汰されますが、TS台車になってもディスクブレーキは維持されます。発電制動を持たない4000形においては、安定した制動力が得られるディスクブレーキが重宝され、最大の特徴として引退まで続くこととなりました。


コメント
コメント一覧 (13)
もちろん冷房がないのはアレでしたが、年間を通じて4000型(と2600型)で問題だったのはシートの形が悪かったこと。
床面積を確保するために座面の前後長を切り詰めた結果座面が前下がりになって、しっかり踏ん張らないとお尻が前にずれてくるものでした。
車掌がしきりに「他のお客様の迷惑となりますので、脚を前に投げ出さないでください」とアナウンスしていましたが「シートをそういう設計にしたのはお前たちじゃないか?」と心の中でツッコミを入れていました(5000型以降は幾分改良されているそうです)
ワタシダ
が
しました
大形車の車体を新製して、それに合わせた改良をしていることですね。
台車の変更はもちろん軽量化もありますが、乗り心地改善の目的もあったと思われます。
さらに、旧形=低性能であることを補うため、M車の比率も上げてますね。
この時期、他鉄道でも旧形車の機器流用による車体新製は見られましたが
モーターだけでなく台車など下回りをまるごと流用したため、乗り心地や性能が悪いままだったりしました。
(車体だけ載せ替えた東武の例。写真は模型ですが、文中に実際の乗車体験記があります)
https://jagnoise.blog.jp/archives/33185254.html
ワタシダ
が
しました
すなわち、バッド社の特許台車は外側からブレーキディスク、車輪、台車枠となっているのに対して、日本でいくらか普及したパイオニア台車は、外側からブレーキディスク、台車枠、車輪の順になっています。この位置関係の改変が、性能に影響した可能性が指摘されていました。
かつ、気付いてみると、日本のパイオニア台車は、標準軌の鉄道での採用例がありませんね。もし標準軌のパイオニア台車が設計されていれば、バッド社の設計を使って台車枠がインサイドフレームになって、評価が違ったかもしれません。京阪などの同じ一自由度系台車「エコノミカルトラック」での脱線とか聞いたことはありませんし。
吊り掛け4000系における採用では、HB車とデハ1600形から主電動機を流用しましたが、全体的に性能低下せずに大形車としたのは、かなりうまく行っていたように思えます。
高校時代、毎朝4000×5×2の10連下り急行に乗って通学していましたが、脱線の心配をしたことはありませんでしたから、他形式と連結しない前提なら、うまく使えたのだろうとは思いました。
ついでに旧4000の最後の2編成(4021×3と4022×3)は、乗務員室ドアの高さが旧5000に合わせて50ミリ高くなっています。また車内が完全に無塗装化されていました。
ワタシダ
が
しました
走行性能に大きく影響します。
しかし安定性に劣り
脱線のリスクが有ります。
ワタシダ
が
しました
大きく挙げられるのが3つで、1つ目は冷房化による車重増加です。今回の旧4000形や東急旧7000系列は冷房化の際に車重が増加することから軽量なパイオニア台車は淘汰の対象とされました(それでも南海6100系では新製冷房車も含めて冷房化後も2009年までパイオニア台車をそのまま継続使用しました)。
2つ目は軸重抜けの問題で、1800形との併結による連続脱線事故以降旧4000形や南海では他形式との併結が禁止され、京王や東急でも他の台車への振り替えを行いました。
3つ目は乗り心地の問題で、高速域での揺れが激しく、乗客や現場部門からは苦情が殺到し、敬遠されるようになりました。こうしたデメリットにより淘汰の対象となってしまったパイオニア台車でしたが、やはり軽量化が仇となったことで後年に上記の諸問題を起こしてしまったのが残念です。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました