箱根や江ノ島といった観光地を沿線に持ちつつ、日常の足としても多くの利用者を抱えている小田急。
観光路線でありながら、通勤や通学の輸送も担っていることが特徴で、利用者の属性も多岐に渡っています。

そんな小田急ですが、特急列車であるロマンスカーは全国的な知名度を誇り、多くの車両が造られてきました。
小田急らしさの象徴ともいえますが、そもそも小田急らしさとはどういうことなのか、改めて考えてみたいと思います。
しかし、それは私が最も強く記憶として残している小田急であって、それをもって小田急らしさであるとはいえないでしょう。
私にとっての小田急らしさといえば、赤い姿のロマンスカーが走り回り、急行は途中駅で切り離したり繋いだりしている、そのようなイメージが強いものです。
小田急のイメージを変えるものとして、10000形(HiSE)や20000形(RSE)が存在し、1000形や2000形が新しい風を吹き込んでいる、そのような時期を想起します。
通勤型車両のイメージは、ケイプアイボリーにロイヤルブルーの帯を巻き、多くの車両が小田急顔と呼ばれるデザインで、10両編成は前後に繋がる形式が違うのです。
複線を各駅停車が逃げるように走り、急行や特急にどんどん抜かれていく、どこか非効率ではあるものの、その時の設備でできることを必死にやっていました。
私にとっての小田急らしさをイメージすると、今は小田急らしくないといえます。
一方で、小田急らしくないから好きではなくなったのかといえば、そんなこともありません。
強く印象に残っていて、戻れるならば戻りたいという、小田急らしいと思う時代はありますが、それはあくまでも自分の中でのイメージでしかないのです。
色々考えてみると、これが小田急らしさであるというようなものは存在せず、人それぞれ異なるものなのだと思います。
それぞれが思う小田急らしさが異なるのは間違いないですが、世代によってある程度傾向はある、実際はそういうことなのではないかなと考えています。
例えば、私よりも上の世代であれば、7000形(LSE)が最新鋭のロマンスカーでしょうし、沢山の非冷房車が興味の対象になっているのでしょう。
さらに上の世代になれば、車両のイメージは旧塗装でしょうし、ロマンスカーといえば3000形(SE)や3100形(NSE)をイメージするのだと思います。
私よりも若い方々の中では、また違った小田急らしさがあると考えており、50000形(VSE)に対する想い等は大きく異なる印象です。
上の世代にとっては、小田急らしくないと感じる3000形についても、世代によっては最も小田急らしい車両であるといえるでしょう。
結局のところ、夢中で意識している時のイメージが、その人にとっての小田急らしさであり、言い方を変えればいつの時代の小田急も小田急らしいのだと思います。
変化を受け入れつつ楽しむか、それとも離れていくかは人それぞれであり、鉄道模型で昔を追い続けるという方もいることでしょう。
私にとっての小田急らしさが上書きされることはあるのか、そんなことも気になり始めつつ、筆を置きたいと思います。
定義化するような概念ではないとはいえ、鉄道趣味というのは奥深いものだと、改めて考えさせられます。
観光路線でありながら、通勤や通学の輸送も担っていることが特徴で、利用者の属性も多岐に渡っています。

そんな小田急ですが、特急列車であるロマンスカーは全国的な知名度を誇り、多くの車両が造られてきました。
小田急らしさの象徴ともいえますが、そもそも小田急らしさとはどういうことなのか、改めて考えてみたいと思います。
私にとっての小田急らしさ
いきなり自分語りのようになってしまいますが、私にとっての小田急らしさというものがあります。しかし、それは私が最も強く記憶として残している小田急であって、それをもって小田急らしさであるとはいえないでしょう。
私にとっての小田急らしさといえば、赤い姿のロマンスカーが走り回り、急行は途中駅で切り離したり繋いだりしている、そのようなイメージが強いものです。
小田急のイメージを変えるものとして、10000形(HiSE)や20000形(RSE)が存在し、1000形や2000形が新しい風を吹き込んでいる、そのような時期を想起します。
通勤型車両のイメージは、ケイプアイボリーにロイヤルブルーの帯を巻き、多くの車両が小田急顔と呼ばれるデザインで、10両編成は前後に繋がる形式が違うのです。
複線を各駅停車が逃げるように走り、急行や特急にどんどん抜かれていく、どこか非効率ではあるものの、その時の設備でできることを必死にやっていました。
私にとっての小田急らしさをイメージすると、今は小田急らしくないといえます。
一方で、小田急らしくないから好きではなくなったのかといえば、そんなこともありません。
強く印象に残っていて、戻れるならば戻りたいという、小田急らしいと思う時代はありますが、それはあくまでも自分の中でのイメージでしかないのです。
小田急らしさとはどういうことなのか
結局のところ、小田急らしさとはどういうことなのでしょうか。色々考えてみると、これが小田急らしさであるというようなものは存在せず、人それぞれ異なるものなのだと思います。
それぞれが思う小田急らしさが異なるのは間違いないですが、世代によってある程度傾向はある、実際はそういうことなのではないかなと考えています。
例えば、私よりも上の世代であれば、7000形(LSE)が最新鋭のロマンスカーでしょうし、沢山の非冷房車が興味の対象になっているのでしょう。
さらに上の世代になれば、車両のイメージは旧塗装でしょうし、ロマンスカーといえば3000形(SE)や3100形(NSE)をイメージするのだと思います。
私よりも若い方々の中では、また違った小田急らしさがあると考えており、50000形(VSE)に対する想い等は大きく異なる印象です。
上の世代にとっては、小田急らしくないと感じる3000形についても、世代によっては最も小田急らしい車両であるといえるでしょう。
結局のところ、夢中で意識している時のイメージが、その人にとっての小田急らしさであり、言い方を変えればいつの時代の小田急も小田急らしいのだと思います。
変化を受け入れつつ楽しむか、それとも離れていくかは人それぞれであり、鉄道模型で昔を追い続けるという方もいることでしょう。
私にとっての小田急らしさが上書きされることはあるのか、そんなことも気になり始めつつ、筆を置きたいと思います。
おわりに
小田急らしさというものを考え始めたら、そんな単純なものではないことに気付かされました。定義化するような概念ではないとはいえ、鉄道趣味というのは奥深いものだと、改めて考えさせられます。


コメント
コメント一覧 (26)
私にとって、小田急で1番強い印象はEXEですね。
町田に用事があり、初めて父に乗せてもらったロマンスカーがEXE(旧塗装)でした。当時は追加料金400円で乗車可能。
ちなみに、そのロマンスカーの停車駅は新宿、町田、小田原、箱根湯本と、今では見られないタイプでした。
土休日限定2本だけに減便されたスーパーはこねや、スーパーはこね以外では新宿小田原間途中1駅停車どころか2駅停車(町田海老名or町田本厚木)も消滅、さらには相模大野を除く全ロマンスカー停車駅に停まるものも誕生するなど、停車駅増加は速達性より利便性を重視した経営に移行しているのでしょう。特急に限らず、多摩線急行の各停化や片瀬江ノ島発着快速急行廃止を含め、さらに他社も同様に、人口減少や需要の変化など時代の流れでやむを得ない部分はあります。しかし、悪名高い京葉線の快速減便といった過度の鈍足化を断行する事だけは、誰の利益にもならないので避けてほしいものです。
ワタシダ
が
しました
ロマンスカーこそ赤主体でしたが、一般車は首都圏の他社の多くが赤系を使うのに対し、青は珍しかったと思います。それが小田急の独自性と言うか、イメージカラー、小田急らしさを感じました。
実際、市販の路線図などの色分けでは、小田急は青で描かれていることが圧倒的に多い。
白と青の塗り分けが登場してから、早60年になろうとしています。ロマンスカーのバーミリオンオレンジ同様、一般車の青は伝統と言っても良いでしょう。これからも守り続けてほしいと思います。
ワタシダ
が
しました
・ロマンスカーの存在
・分割併合と異形式の連結
・通勤車は9000以外小田急顔
あたりが他線に比べての特徴=小田急らしさでした。
今はパーッと思い浮かぶものはロマンスカーですかね。
物心がついたころは新宿-小田原無停車のはこね号が多かったのが、今は停車駅が増えて私も箱根に行くときや小田原から東海道線沿線に用事があるときや新百合か町田から乗り、身近なものとなった気がします。
ワタシダ
が
しました
中々ムツカシイです😅
ロマンスカーのバーミリオンオレンジとグレー、ホワイトの塗り分けだったり、所謂小田急顔な通勤形の形式、2600、5000、5200形だったり、新宿駅の地上地下二層式のターミナルだったり・・・
子どもの頃から高校卒業までは最寄りが町田駅。30台~今まで四半世紀は鶴川駅が最寄りで、人生の大半を小田急沿線民として過ごして来た身には、鉄道と言えば小田急以外には考えられません。
が、やはり小田急らしさと言えば子ども時分に耳にしたロマンスカーのミュージックホーン🎶
今時の電子音と異なり、だいぶアナログチックでしたしその頃から既に都心部に近い所では騒音対策で鳴らすのを止めていたようですが、ソコは郊外町田市。本当に懐かしくコレを聴く度に"特急ロマンスカー"の存在を感じます。
ワタシダ
が
しました
相対的な概念だと前置きしたうえで、私にとっての小田急らしさは、連接車のロマンスカーが走り、急行が相模大野で営業分割をする路線。軌道の整備が良くて、柔らかい空気バネと相まって、通勤車でも乗り心地が良い路線という印象です。
今となっては、サッシ窓のガタつき、運転台の隙間風やブロワー音も懐かしい。
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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ワタシダ
が
しました
趣味的には前者推しだけど、株主ならどちらに魅力を感じるのかな。
ワタシダ
が
しました
もちろんロマンスカーなど多種多様な特急という車両のイメージもありますが、それ以上にVSEからなのかも分かりませんが、特急に乗務する車掌さんなどが通勤電車でもアナウンスなどで少しだけエッセンスを足してサービスをしてくれる。
ロマンスカーで新宿に入線する前には今日の天気予報と共にお気をつけてお出かけ下さいと一言下さる。
そんな通勤と観光が隣り合わせの路線だけれども、全ての乗務員さんが全線を通じて乗務をしてくださることでサービスが日常に溶け込んでいるのが小田急という鉄道会社の印象です。
ただ個人的に快速急行で経堂の通過時に「この列車は定刻通り経堂駅を通りに通過いたしました」という何処ぞの新幹線のような珍アナウンスは一度だけしか聞いたことがありませんが今でもツボです。
ワタシダ
が
しました
もっと挙げさせて頂くならば、御殿場行きディーゼルカー・モノレール・お買い物電車、異形式連結にロマンスカーのオルゴール音。
これらも私にとっては、いかにも小田急らしさに溢れています。
ワタシダ
が
しました
ばくは10000形みたいなのかな・・・と思います。
キッズ少年はそう考えますね。
ワタシダ
が
しました
腰部と上部が青色・窓回りが黄色の配色の通勤車、
2400形の床下を埋める主抵抗器、
緑色に黄色の帯を巻いた荷電、
宮永岳彦画伯が色彩設計されたバーミリオンオレンジ・ホワイト・グレーをまとうSE車です。
みんな記憶のかなたに行ってしまいましたが…
ワタシダ
が
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快速急行や急行は名ばかりで、のんびり走っているイメージ。
それしか思い付かない。
ワタシダ
が
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小田急らしさは人それぞれだが京王と真逆は変わらない
ワタシダ
が
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小田急と言えば白い車体に青い帯。
また、テレビ局の都合か当時よくドラマに出てくる沿線でした。
そのせいか、小田急=イメージの良い路線という印象でしたね。
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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尤も、東武や近鉄などほどではないものの、路線網が広大で新宿から小田原や箱根、江ノ島や多摩ニュータウンまでとカバーする範囲が広いのが特徴で、そこが他の大手私鉄各社にはない強みであり、かつ小田急らしさとも言えるでしょう。
ワタシダ
が
しました
朝の新宿行は登戸から25キロで成城学園前で抜くときだけ少し早いとか
前4両箱根湯本、後6両相模大野から各駅停車本厚木とか
さがみ号は前5両A号車、後5両B号車とか
朝の準急が経堂には止まりませんとか
藤沢進入でポイント渡るクハ2478はゆらゆら揺れるとか
1800の急行が善行通過するとブレーキ臭いとか
大野工場の末端に真っ青な1658ORPT試験車とか
相武台前にはいつもオキフオキオキフが居るとか
…みんな思い出の彼方になってしまいました。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました