小田急の起点であり、駅全体の利用者が世界最多とされている新宿駅。
1927年に小田急が開業して以降、乗降人員のトップを維持し続けており、一日を通して人が途絶えることはありません。

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そんな新宿駅ですが、開業から今日までの利用状況はどのように変遷してきたのでしょうか。

新宿駅の1日平均乗降人員

地上と地下から途絶えることなく電車が発着する新宿駅は、1日に45万人が利用する小田急一のターミナル駅です。
その地位は開業時から変わることなく続き、2位以下を大きく引き離す状況となっています。

早速ですが、新宿駅の乗降人員がどのように推移してきたのか、開業時からのデータを全て見ていきたいと思います。
以下は各年度ごとの1日平均乗降人員で、一部に記録がない年度があります。

1927年:-
1928年:21,485人
1929年:28,437人
1930年:30,543人
1931年:31,852人
1932年:32,450人
1933年:32,518人
1934年:30,393人
1935年:31,780人
1936年:33,888人
1937年:-
1938年:40,056人
1939年:46,595人
1940年:53,358人
1941年:60,268人
1942年:64,655人
1943年:-
1944年:-
1945年:-
1946年:75,403人
1947年:93,062人
1948年:87,164人
1949年:88,335人
1950年:92,002人
1951年:104,982人
1952年:112,458人
1953年:120,207人
1954年:128,803人
1955年:133,768人
1956年:147,749人
1957年:159,676人
1958年:174,177人
1959年:193,124人
1960年:212,479人
1961年:237,986人
1962年:264,535人
1963年:292,935人
1964年:323,873人
1965年:347,362人
1966年:367,472人
1967年:391,464人
1968年:413,093人
1969年:439,462人
1970年:462,418人
1971年:479,307人
1972年:489,373人
1973年:481,566人
1974年:497,405人
1975年:491,424人
1976年:487,491人
1977年:493,784人
1978年:461,860人
1979年:452,956人
1980年:457,658人
1981年:457,919人
1982年:464,327人
1983年:469,388人
1984年:471,834人
1985年:484,368人
1986年:503,149人
1987年:515,822人
1988年:528,986人
1989年:522,119人
1990年:531,594人
1991年:542,431人
1992年:535,513人
1993年:529,633人
1994年:522,044人
1995年:512,167人
1996年:515,499人
1997年:505,123人
1998年:500,793人
1999年:495,508人
2000年:495,438人
2001年:491,862人
2002年:486,186人
2003年:486,474人
2004年:486,118人
2005年:486,765人
2006年:490,081人
2007年:498,918人
2008年:491,631人
2009年:482,818人
2010年:476,773人
2011年:474,552人
2012年:483,150人
2013年:494,184人
2014年:488,021人
2015年:492,234人
2016年:499,919人
2017年:506,229人
2018年:521,160人
2019年:516,876人
2020年:317,845人
2021年:355,563人
2022年:410,970人
2023年:439,840人
2024年:450,952人

結果はこのようになっており、開業して間もない頃の2万人程度から、ピーク時には50万人前後となっていました。
単純計算で25倍の利用状況となっているため、沿線がそれだけ発展したことを裏付けているともいえそうです。

1970年代に現代水準となった乗降人員

ここからは、どのように利用者が増えてきたのかを見ていきたいと思います。
記録がないのは1937年度と1943年度からの3年間で、後者は太平洋戦争によるものと考えられますが、前者は日中戦争の開戦が影響しているのでしょうか。

開業後の小田急は、利用者が増えずに苦しんだといわれますが、数字のうえにもそれが表れていました。
10年ほどは3万人前後の横ばいとなっており、増加に転じるのは1930年代の後半のことで、相模原に軍の施設が増加し始める時期と重なります。

終戦後も増加傾向はそのまま続き、1951年度に10万人の大台を突破しました。
その後は年に1万人程度の増加となりますが、1950年代の後半から様子が変わり、とてつもない勢いで利用者が増えていきます。
車両が大量増備に転じたのもこの頃であり、「もはや戦後ではない」という言葉が生まれた時期ともリンクします。

1970年には45万人を突破し、ほぼ現代と同じ水準に達しました。
50万人を超えている時期もありますが、コロナ禍以降は再び45万人程度となっています。

1970年代以降は、乗降人員が大きく増えることはなくなりましたが、小田急としての利用者が増えていないのかというと、そうではありません。
千代田線が1972年に代々木公園駅まで開業したことで、それ以降は都心部に向かう別のルートができたため、人の動きが分散するようになりました。
数字上もそれを裏付けるような結果となっており、興味深いところです。

おわりに

新宿駅の乗降人員を見ていくと、小田急が歩んできた歴史と連動するような動きをしていました。
再び50万人を突破することは容易ではなさそうですが、再開発後にはどうなっていくのでしょうか。