小田原駅から強羅駅までを結び、急勾配を粘着式鉄道で運行する箱根登山電車。
現在は箱根湯本駅で完全に運行が分断されており、登山電車らしさを味わえるのは強羅寄りの区間のみとなっています。

多くが3両編成を組む箱根登山電車ですが、昔は2両編成が最大となっていました。
3両編成による運行は、いつから始まったのでしょうか。

2両編成で運行された時代

小田急の長編成が乗り入れるようになっても、箱根登山電車は最大が2両編成でした。
編成長では30mほどしかないため、小田急の車両に当てはめると1.5両分ほどだったことになります。

観光客の増加により、電車の混雑は慢性化していきましたが、設備面での制約により15分間隔での運行が精一杯でした。
つまり、1時間あたりの輸送力は小田急の6両編成分ぐらいで、箱根湯本駅を境に輸送力には大きな差があったことになります。

現在も発生していますが、繁忙期には乗りきれない利用者で溢れてしまい、輸送力の増強が求められました。
そこで、3両編成での運行を可能にするため、改良工事が進められることになります。

いつから3両編成で運行されるようになったのか

3両編成での運行を可能にするためには、各駅のホームを延長する必要がありました。
都市部ではないため、用地については確保しやすかったのかもしれませんが、問題となる駅が存在します。
それは箱根湯本駅の隣にある塔ノ沢駅で、トンネルに挟まれているという特性上、そのままではホームの延長が困難だったのです。

当時の状態は、現在と同様に強羅方はトンネルの中にポイントがあり、箱根湯本方は構内踏切とポイントがトンネルの外にありました。
ホームを延長するには、交換設備を撤去するか、ポイントをトンネル内に移設する必要があり、後者の対応を行うことになります。

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ポイントの移設にあたっては、トンネルを広げる必要があり、そのための工事が行われました。
立地の関係で重機を入れることはできず、拡張は手掘りでの対応となり、工事には大変な苦労があったようです。
構内踏切は廃止され、トンネルの上を通る階段が設置されています。

その他の準備も整い、1993年7月14日より3両編成での運行が開始され、念願の輸送力増強が図られました。
元々は10月から開始の予定でしたが、工事が予定より早く進んだことから、夏休み前に間に合わせることにしたようです。
そのような背景からか、3両編成での運行は箱根湯本駅から先に限られ、小田原駅からの3両運転は少し遅れることとなります。

おわりに

現在ではほとんどの列車が3両編成で運行され、短い2両編成が来ると運が悪いぐらいとなりました。
3両編成でも足りない時がありますが、これぐらいの長さのほうが風情があってよいのかもしれません。