合計196両が製造され、現在は半数の98両が活躍している小田急の1000形。
リニューアルの対象から外れた車両は、残念ながら廃車となってしまいましたが、その中には36両のワイドドア車が含まれていました。
ラッシュ時の切り札として、幅が2mもあるドアを設けた意欲的な車両は、1991年にデビューを果たします。
当時の小田急では、この車両をどのように紹介していたのでしょうか。
当時の小田急は、本格的な複々線化工事に着手したばかりという頃で、ラッシュ時の混雑に対する短期的な打ち手がなくなりつつありました。
本数や編成の増強が限界に達する中、1000形のワイドドア車が投入されます。
小田急の目的は、ワイドドア車の導入により乗降をスムーズにし、駅での停車時間を短縮することで、広報でもその点が打ち出されていました。

先頭部分を除き、側面のドアは2mにまで拡大され、従来の1.3mと比較して0.7mも広くなっています。
座席を折りたためることについても触れられており、一旦は使用しないといった書き方になっていましたが、結局営業運転で使われることはありませんでした。
ワイドドア車には試験的な要素が多く盛り込まれ、現代では当たり前となった車内の案内表示も導入されます。
近年は守りに入った印象もありますが、当時の小田急はこのような挑戦的な車両を導入し、既存のインフラでできることを模索していました。
ダイヤ改正に合わせず、新年度が始まるタイミングとされたのは、ラッシュ時の使用を想定した車両だったからこそでしょうか。
登場時は固定運用で、平日の本厚木を7時と7時29分に出発する列車に充当され、10両編成の準急として運転されました。
駅での乗降をスムーズにすることが目的であり、通過駅が多い急行ではなく、準急として使うことにしたのでしょう。
その後、ワイドドア車は4両ばかりを6本も増備しますが、これは8両で各駅停車に投入することを意図していたと考えられ、導入当初の目的を意識していたものと思われます。
ワイドドア車のドアは、大人が5人同時に出入りできる幅とされていますが、実態は上手く機能しなかったといわれています。
必ずしも広いドアのせいだけではないのかもしれませんが、ドア付近で乗客の滞留が発生し、想定した目的は果たせない結果となってしまったのです。
記事の本質とはずれるため、今回は割愛することにしますが、結果は後年にドアの幅を縮小する改造を受けたことが物語っていました。
それでも改造をしつつ使われ、他社の多扉車よりも長生きをすることができたのは、幸せな結果だったのかもしれませんね。
リニューアルの対象から外れた車両は、残念ながら廃車となってしまいましたが、その中には36両のワイドドア車が含まれていました。
ラッシュ時の切り札として、幅が2mもあるドアを設けた意欲的な車両は、1991年にデビューを果たします。
当時の小田急では、この車両をどのように紹介していたのでしょうか。
乗降をスムーズにすることを想定した車両
1988年にデビューした1000形は、近郊区間における各駅停車の8両化や、千代田線への乗り入れ用として、着実に勢力を拡大していきます。当時の小田急は、本格的な複々線化工事に着手したばかりという頃で、ラッシュ時の混雑に対する短期的な打ち手がなくなりつつありました。
本数や編成の増強が限界に達する中、1000形のワイドドア車が投入されます。
小田急の目的は、ワイドドア車の導入により乗降をスムーズにし、駅での停車時間を短縮することで、広報でもその点が打ち出されていました。

先頭部分を除き、側面のドアは2mにまで拡大され、従来の1.3mと比較して0.7mも広くなっています。
座席を折りたためることについても触れられており、一旦は使用しないといった書き方になっていましたが、結局営業運転で使われることはありませんでした。
ワイドドア車には試験的な要素が多く盛り込まれ、現代では当たり前となった車内の案内表示も導入されます。
近年は守りに入った印象もありますが、当時の小田急はこのような挑戦的な車両を導入し、既存のインフラでできることを模索していました。
準急に使用されたワイドドア車
4両と6両を2本ずつ、合計20両が用意されたワイドドア車は、1991年4月1日に営業運転を開始しました。ダイヤ改正に合わせず、新年度が始まるタイミングとされたのは、ラッシュ時の使用を想定した車両だったからこそでしょうか。
登場時は固定運用で、平日の本厚木を7時と7時29分に出発する列車に充当され、10両編成の準急として運転されました。
駅での乗降をスムーズにすることが目的であり、通過駅が多い急行ではなく、準急として使うことにしたのでしょう。
その後、ワイドドア車は4両ばかりを6本も増備しますが、これは8両で各駅停車に投入することを意図していたと考えられ、導入当初の目的を意識していたものと思われます。
ワイドドア車のドアは、大人が5人同時に出入りできる幅とされていますが、実態は上手く機能しなかったといわれています。
必ずしも広いドアのせいだけではないのかもしれませんが、ドア付近で乗客の滞留が発生し、想定した目的は果たせない結果となってしまったのです。
記事の本質とはずれるため、今回は割愛することにしますが、結果は後年にドアの幅を縮小する改造を受けたことが物語っていました。
おわりに
大きなチャレンジとして導入されたワイドドア車は、目的を果たすことができませんでした。それでも改造をしつつ使われ、他社の多扉車よりも長生きをすることができたのは、幸せな結果だったのかもしれませんね。


コメント
コメント一覧 (18)
昼間は専ら新宿~小田原間を赤丸急行で往復し、夕方上り1本は相武台前停車の急行に入っていました。
夜間も急行運用に入り、特に下り本厚木着19:10の急行小田原行に専ら使われ、この急行は本厚木で積み残しをよく起こす悪名高き急行でしたが、ワイドドアの威力で何とか乗り切れ、本厚木~伊勢原間の凄まじい混雑をさばいていました。
当時のダイヤではその前は急行相模大野行相模大野から各停本厚木(10両)を本厚木で受けるのだが、10両の本厚木止まりを6両の急行で受けるのだから、当然輸送力は半分以下となり、乗り切れない客が多数出てもおかしくないでしょう。
そんな中ワイドドア車を当てる運用に入れたのです。
私もこの列車はよく利用しましたが、ワイドドア車でも相当な混雑で、本厚木~伊勢原間の混雑は下手すれば当時の急行の最混雑区間の下北沢~成城学園前間かそれ以上になることも多かったです。
当然この列車での学生の尻押しのアルバイトも多数動員されていました。
そんなワイドドア車も時は流れ、ドア改造され、ホームドア設置で新宿に行けなくなり、晩年はかっては活躍した区間とは外れて、夜間の伊勢原始発の各停小田原行によく入っていました。
ワタシダ
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ワタシダ
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もっとも、編成が(新)Tc1-M1-M2-Tc2(小)という構成上多ドア車の設定は難しく、また当時はまだ湯本急行ほか分割併合があったために逆順連結も非合理的であり、やむを得なかったのかもしれません。
最終的に専ら新宿口の8両各停専従で使われていた4両車も全て6両編成に統一されましたが、有効長の関係で各停が6両でしか運転できない江ノ島線にはうってつけの存在となり、結果オーライだったのかもしれません。
ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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同じ頃登場し同じ頃消えていった山手線の6扉車も、批判的な意見はたくさんありましたが、良い試みだったのではないでしょうか。
ワタシダ
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ワイドドアは青帯車に多い気がします(横浜市地下鉄ブルーラインの現有車両やTokyo Metro東西線の15000系など)。
しかしなぜドア開閉時間増加で駆け込み乗車増えたのに東西線はワイドドアを再度採用したのか…やはりホームドアの兼ね合いもありますね。
余談ながら、荷物専用の1ドア車だと、さらにワイドなドアもあったとか。
ワタシダ
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当時の報道によれば、京王の5ドアが比較的うまく行っていたのに(あれも最終的には改造・比較的短命でしたけど)、2mドアは「尻押し」の人がお客をドアに押し込むと、反対側から別な人が押し出されてきてしまうとか言われてました。それでなかなか収拾がつかなくなると。
座席収納は、社内でのテストはしてみたよう?ですが(1500番台の下り方2輌と、1700番台の上り方3輌にのみ装備。一次車のみ)、なぜか座席収納の無い車輌でも、座席全体が前に張り出した位置に設置されていて、座った人は頭の後ろの「平場」に荷物を置いていました。
まあ、バブルの象徴みたいな車輌とも言えますかね。
ワタシダ
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ワタシダ
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新宿で急行を待ってるときに、このワイドドア急行が来ると嬉しいような(滅多に乗れないから)、悲しいような(座席が少ないのと端っこの席が二人分しかない)複雑な気持ちでした。
ワタシダ
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ワタシダ
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根本的な問題はドア幅ではなく、格納座席による車内通路幅の狭さだった気がする。
始めから座席削減していれば少なくても乗降時間短縮効果はあった気がするが、さすがにそこにチャレンジは出来ず、ドアは大きいのに車内は狭い変な車両になってしまった。
しかし、座席格納車にあったスタンションポールは1ヶ月くらいで撤去され、そのあととにかく改造の多い形式だったなあ
ワタシダ
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小田急では1000形での反省点を活かして2000形や3000形1次車までワイドドアが採用されましたし、東西線では15000系で再度ワイドドアが採用され、ホームドアもそれに対応したものが導入されるようになるなど、車両側・駅側ともに時代の流れに応じた対応がなされるようになったのはとても感慨深いものです。
ワタシダ
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座席数が少なくなることが問題で、遠方の東葉高速鉄道線からの利用者には深刻なようです。
小田急は東葉高速よりも、さらに遠距離の通勤利用も存在するので、このあたりが乗客ウケが悪かったのかもしれないですね。
ワタシダ
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ワタシダ
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