1991年に20000形(RSE)がデビューし、長年の活躍に終止符を打つことになった3000形(SE)。
晩年はあさぎり号用の専属車両に近い存在となり、残る4編成が御殿場線との直通運転を中心に活躍しました。

そんなSEですが、ラストラン自体は1992年に行われています。
定期運行の引退から1年後のラストランとなっていますが、どのようなものだったのでしょうか。

波動用としての1年間

老朽化が進む中、国鉄の事情等により置き換えができず、長く使われることになったSEですが、1991年に長年に渡る活躍を終了しました。
後継車はJR東海の371系と相互直通運転を行うRSEで、あさぎり号の歴史は大きく動くこととなります。

1991年3月15日をもって、SEは定期運用から外れましたが、波動用として経堂検車区に留置されていました。
検査等も受けていて、走れる状態となっていたようですが、夏の臨時列車等に充当された記録もなく、実際に走ることはなかったか、あっても限定的なものだったと思われます。

20251228_05
写真提供:小田急指令掛川

年が明けて1992年になると、2月15日に走行の機会がありました。
鉄道友の会によるお別れの撮影会で、新宿駅から唐木田駅までの運行後、経堂検車区唐木田出張所にて撮影会が行われています。

さよなら走行会でのラストラン

定期運用から外れて1年ほどが経過した、1992年3月8日がSEとしてのラストランとなりました。
新宿駅から唐木田駅まで走行会を行い、そのままお別れの式典を開催するもので、抽選で100人が招待されます。
応募は約1万6,000人だったそうで、まさにプラチナチケットだったといえるでしょう。

唐木田駅では2番ホームに到着し、そのまま式典が開催されることとなります。
編成の前後に異なるヘッドマークが掲出されており、3番ホームには後継車両となるRSEの姿がありました。

式典では、花束の贈呈やくす玉割が行われ、集まった多くのファンに見送られます。
同時に撮影会も開催され、集まった多くのファンがSEにカメラを向けました。

撮影会後、招待された人はRSEで新宿駅まで戻り、SEは回送で唐木田駅を後にします。
こうしてSEの歴史に終止符が打たれ、3021Fが海老名検車区内に保存されることとなりました。



写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。

おわりに

3両に短縮されていますが、今もSEはロマンスカーミュージアムで見ることができます。
波動用として残るというのは、ロマンスカーの伝統といえるぐらい、昔からあったことになりますね。