東京都狛江市内にあり、かなり近距離に設けられている狛江駅と和泉多摩川駅。
どちらも小田急が開業した年から存在しますが、狛江駅は約2ヶ月遅れての開設となっています。

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そんな両駅ですが、狛江駅を中心として周辺には多くの古墳が存在します。
宅地化によって失われたものも多いといわれますが、なぜ多くの古墳が存在することになったのでしょうか。

狛江市内にある多くの古墳

鉄道路線は小田急のみという狛江市には、東京都の中でも有数の古墳群が存在します。
狛江市は日本で2番目に面積が狭い市ですが、その中に50基や100基を超える古墳があったといわれており、狛江古墳群とも呼ばれるそうです。

宅地化が進んだことで、多くの古墳は姿を消してしまったものの、現代でも開発時に遺構が発見される場合があり、正確な数は分かっていません。
残っている古墳についても、開発によって完全な状態ではないものの、13基が現在も狛江市内に点在しています。

狛江市内に現存する古墳は、以下のとおりです。

・駄倉塚古墳
・東塚古墳
・松原東稲荷塚古墳
・経塚古墳
・兜塚古墳
・飯田塚古墳
・白井塚古墳
・亀塚古墳
・猪方小川塚古墳
・前原塚古墳
・清水塚1号古墳
・土屋塚古墳
・橋北塚古墳

これらの古墳は、小田急の線路が通っている場所に集まっており、上り線側に8基、下り線側に5基が残っています。
狛江駅を中心としたような位置関係ですが、喜多見駅や和泉多摩川駅の近くにもあります。

古くから人が住んでいた狛江駅の周辺

古墳と小田急を結び付けるという、なかなか無茶な記事ではありますが、狛江駅が設けられた経緯を振り返ると、少し関連がある部分が見えてきます。
和泉多摩川駅より2ヶ月ほど遅れて開業した狛江駅ですが、元々は設置予定がなく、地元からの要望を資金的な援助により実現した経緯がありました。
そのような要望が出されたのは、狛江駅がある場所が中心地だったためで、人が多く集まっていたことを示しているといえます。

古墳が狛江駅の周辺に点在するのは、古くからその場所に人の定着があったことを示しており、多くは5世紀半ばから6世紀半ばにかけて築かれたようです。
小田急が複々線化を進める頃には、発掘調査によってさらに古い時代から築かれていたことが分かり、狛江の古墳群が渡来人の集団によって築かれたとする、学説を否定するような展開もあったそうです。

狛江駅の周辺に多くの人が住んでいたのは、多摩川という豊かな水源があったためであり、成城学園前駅と喜多見駅の間には野川もあります。
かつての野川は、狛江駅と喜多見駅の間を流れており、近くにある弁財天池からは、清水川も流れていました。
つまり、狛江駅周辺は特に水に恵まれていたことになり、さらに緑も豊富だったそうです。

これらの条件に加え、川の周辺は低地、それ以外が台地という地形で、人々が生活しやすい条件が整っていました。
時が流れ、そのような地域に小田急が通ったわけですが、駅の周辺に古墳が点在する背景には、歴史的な経緯が深く関係していたことになります。

おわりに

狛江市内に点在し、今も13基が現存している古墳群。
比較的狭い範囲に集まっているようなので、散歩がてら訪ねてみるのも面白そうですね。