御殿場線が非電化だった時代において、小田急が気動車を製造することで直通運転が始まりました。
現在は60000形(MSE)がその役目を担っており、列車の愛称はふじさん号を使用しています。

片乗り入れの期間が長い御殿場線との関係ですが、1991年から2012年にかけてのみ、相互直通運転が行われていました。
既に10年以上前のこととなりましたが、相互直通運転化はどのように発表されたのでしょうか。

相互直通運転が行われたあさぎり号

70年以上の歴史を持つ御殿場線との直通運転は、小田急が製造した気動車を用いて始まりました。
全線が電化されている小田急が、わざわざ自前の気動車を用意して実現したもので、なかなかすごいことをしたものです。

その後、御殿場線の電化に合わせて気動車は引退し、後継は3000形(SE)となりましたが、小田急からの片乗り入れであることは変わりませんでした。
昔は御殿場線内も小田急の乗務員が担当しており、車両と人がそのまま乗り入れるというスタイルだったことになります。

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長くSEが使われたあさぎり号でしたが、1991年に20000形(RSE)へと交代し、パステルカラーのロマンスカーが御殿場線を走るようになりました。
ハイデッカーを基本として、中間に2両のダブルデッカーを組み込んだ車両で、小田急史上最も豪華なロマンスカーだったといえるのではないでしょうか。

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この時期のあさぎり号は、JR東海側も371系という車両を用意し、相互直通運転が行われていました。
基本の編成構成は同一ながら、両社が独自の個性を打ち出した車両を用意しており、かなり力を入れていたことがうかがえます。

バブル崩壊等の余波もあり、相互直通運転化後は苦戦が続いてしまったようで、車両の老朽化に合わせてMSEへの交代が行われることとなりました。
相互直通運転は約21年で終わりを迎え、再び小田急の車両だけが乗り入れるスタイルに戻っています。

1989年に発表された相互直通運転化

あさぎり号を相互直通運転化するという発表は、1989年の秋に行われました。
1991年の春に開始されていることから、発表から実施までは約1年半ほどだったことになります。

SEを置き換えるという流れは、JR東海が発足後の1988年に始まり、協議は相互直通運転化と運転区間の延長に発展していきました。
バブル景気の後押しもあったのでしょうか、1989年8月8日に両社の合意がまとまり、ほどなくして発表されることとなります。

発表された段階で、両社でハイグレードな新型車両を導入し、相互直通運転化をすることが書かれており、沼津駅までの区間延長も含まれていました。
1991年3月までの開始予定とされ、編成両数や想定の定員も書かれており、ほとんどの情報が公開されていたことになります。

発表では、車両のイメージデザインも掲載されていましたが、RSEをイメージさせるようなものではありませんでした。
どちらかといえば、フォルムは371系のようにも見えるものでしたが、どういった背景があったのかは気になるところです。

おわりに

申し入れから3年と経たないうちに、あさぎり号は相互直通運転化を実現しました。
両社の車両が足回りを従来車に合わせたのは、開発期間が短かったことも影響しているのかもしれませんね。