駅の到着時や出発時にミュージックホーンを鳴らし、特別感を演出している小田急のロマンスカー。
現役車両では30000形以外の車両に搭載され、利用者にとってはおなじみの存在となっています。

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現代においては、演出用の機器となっているミュージックホーンですが、そのルーツは3000形(SE)で採用された補助警報にあります。
20000形(RSE)まで採用が続いた補助警報は、なぜ必要だったのでしょうか。

ロマンスカーで採用された補助警報

1957年にデビューしたSEには、通常の警笛とは別に補助警報器が搭載されました。
これは、先頭部にあるスピーカーから音楽を鳴らすもので、SEがオルゴール電車と呼ばれることにも繋がります。

補助警報という名称からも分かるとおり、警笛を補助する役割を担うものであり、見方を変えれば警笛を鳴らさずに済ませられるようにする要素がありました。
2kmほど先でも聞こえる音量とされ、電車が接近しつつあることを知らせる役割を担うこととなります。

SEは高速で走行する特急用車両として造られ、新宿駅から小田原駅までを60分で走破することを目指していました。
小田急は比較的カーブが多く、直線区間を中心にスピードを出す必要があり、事故防止のためにも補助警報が必要だったのです。

簡単に計算してみますが、仮に100km/hで走行しているとした場合、2kmほど先から補助警報が聞こえてくると、1分と少しで電車が通過していくことになります。
意外とすぐに電車が来るというのが、計算結果からも見えてきました。

補助警報が必要だった背景

高速で電車が走るとはいえ、なぜ電車の接近を早く知らせる必要があったのでしょうか。
現代においても、ロマンスカーが高速で走行する区間はありますが、補助警報は過去のものとなっています。

鉄道において事故が起こりやすい場所といえば、やはり人や自動車が交差する踏切です。
そのような場所であることから、電車が来る前には警報音を鳴らし、遮断機を閉めて物理的に交通を遮断することで、安全が保たれています。

SEが登場した当時、踏切の事情は大きく現代と異なりました。
当時の小田急には、警報機や遮断機がない踏切が多くあり、早期に接近を知らせることには大きな意味があったのです。

1955年度の段階では、全線に476ヶ所の踏切がありました。
その中で、物理的に交通を遮断できる踏切は41ヶ所しかなく、他には警報機だけがある踏切が45ヶ所という状況でした。
踏切を示す標識しかない第4種踏切は、390ヶ所もあるという状況であり、補助警報はとても大切な装備だったことになります。

おわりに

踏切の整備が進み、線路脇に柵も設けられていく中で、補助警報は徐々に役目を終えていきました。
全線に渡り、鳴らしっぱなしで走っていたわけですが、沿線が発展した現在の姿からは想像もできない時代ですね。