1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2491Fはかろうじて2400番台に収まっていましたが、翌月には2500番台となった編成が登場します。
車両の仕様としては、車体の外板と屋根板の厚さが変更された2次車以降の標準的なもので、編成固有の特徴はありません。
登場後の改造についても他編成と同様で、前面に種別幕の追加が行われています。
1979年以降に小規模な車体の修繕を行っており、腰部の外板が貼り替えられました。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ、様々な運用で使われました。
2400形としては遅くまで残り、1988年の終わりまで活躍しています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
※左側が新宿方
デハ2441:調査中
デハ2442:調査中
クハ2492:調査中
デハ2441:日本車輌製造
デハ2442:日本車輌製造
クハ2492:日本車輌製造
デハ2441:1963年3月18日
デハ2442:1963年3月18日
クハ2492:1963年3月18日
デハ2441:1988年12月10日
デハ2442:1988年12月10日
クハ2492:1988年12月10日

写真提供:小田急指令掛川様

写真提供:小田急指令掛川様
小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。
2491Fの概要
1962年度に登場した後期の編成で、この時期は1週間程度の間隔で新編成が竣功していました。2491Fはかろうじて2400番台に収まっていましたが、翌月には2500番台となった編成が登場します。
車両の仕様としては、車体の外板と屋根板の厚さが変更された2次車以降の標準的なもので、編成固有の特徴はありません。
登場後の改造についても他編成と同様で、前面に種別幕の追加が行われています。
1979年以降に小規模な車体の修繕を行っており、腰部の外板が貼り替えられました。
各駅停車から急行まで、大型車との併結も行いつつ、様々な運用で使われました。
2400形としては遅くまで残り、1988年の終わりまで活躍しています。
写真を提供いただいた小田急指令掛川様は、数々の貴重な映像も撮影されています。
YouTubeにて公開中ですので、よろしければそちらもご覧下さい。
編成表
クハ2491-デハ2441-デハ2442-クハ2492※左側が新宿方
製造区分
クハ2491:調査中デハ2441:調査中
デハ2442:調査中
クハ2492:調査中
製造所
クハ2491:日本車輌製造デハ2441:日本車輌製造
デハ2442:日本車輌製造
クハ2492:日本車輌製造
竣功日
クハ2491:1963年3月18日デハ2441:1963年3月18日
デハ2442:1963年3月18日
クハ2492:1963年3月18日
廃車日
クハ2491:1988年12月10日デハ2441:1988年12月10日
デハ2442:1988年12月10日
クハ2492:1988年12月10日
2491Fの写真

写真提供:小田急指令掛川様

写真提供:小田急指令掛川様


コメント
コメント一覧 (3)
白地の板に赤で急行、その下に紺色で新宿ー箱根湯本など運用区間が書いてあり、車体の青い部分に映えていました。 準急、各停には無かったので子ども心にもワンランク上の列車を感じました。
編成はわかりませんが、車内の日よけカーテンきせの部分に座席番号(数字のみのプラスチック)、車内連結部に赤文字で号車番号が付いていた編成がありました。準特急運用を考慮したものだったのでしょうか?
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
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※方向幕の上部の青か茶の部分と窓下のサボ差しが有る事から、撮影時期は'72〜74年位になるのでしょうか。(サボ差しが有った事自体を写真によって思い出す位ですから「昭和は遠くなりにけり」ではないですけど、人の記憶からも消えて行くのでしょうね)
ワタシダ
が
しました