小田急の小田原線とJR東日本の横浜線が交差しつつも、改札口は離れている町田駅。
乗り換えの際に通る通路には屋根があり、悪天候時にも濡れることはありませんが、徒歩で5分から10分程度を要します。

通勤や通学での乗り換え時、離れていることは不便に感じる面もありますが、意外にも昔よりは近くなりました。
かつては今以上に離れていた両線の改札口は、どんな位置関係だったのでしょうか。
神奈川県内を走りながらも、小田急沿線から横浜方面に行くルートはそこまで多くなく、町田駅が果たす役割は大きいといえるでしょう。
両線が交わるのは、町田駅を出た小田急の小田原寄りと、横浜線の八王子寄りで、ほぼ直角に線路が立体交差しています。
小田急が上、横浜線は下を通っており、これは開業時から変わっていません。
交差部に近い位置にある小田急の駅に対して、横浜線は少し離れた場所にホームが設けられています。
駅舎が八王子寄りにあるため、改札口間の距離は短くされていますが、乗り換え時にはそれなりに歩く必要がある位置関係です。
距離としては300mぐらいになるようで、混雑時以外は5分程度を要します。
乗り換えの面では、便利とはいえない位置関係の町田駅ですが、元々は今以上に離れていました。
現在の位置関係は移転によって実現したもので、これでも近くなっていることになります。
横浜線の駅があった場所は、現在の町田市立中央図書館がある付近一帯で、小田急の駅とは直線距離で600mほど離れていたことになります。
乗り換えの際に走る人が多かったことから、駅間を連絡する道路は「マラソン道路」等と呼ばれていたそうです。
地元の反対等を調整し、1980年に横浜線の町田駅が八王子寄りに移転したことで、現在の位置関係となりました。
移転後も駅が少し離れているのは、地元との調整が行われた名残であり、以前の位置にも横浜線のターミナル改札口が残されています。
横浜方面へのアクセスを担う路線として、横浜線は重要な存在となっていますが、かつての町田付近は単線という驚きの状態でした。
路線自体の複線化が始まったのは1967年で、町田駅までが複線になったのは1979年のことです。
駅の移転が行われる前年まで単線だったわけですが、今の利用状況からは信じられませんね。
移転に至るまでの歴史にも興味深い点があるため、近いうちにまとめたいと思います。
乗り換えの際に通る通路には屋根があり、悪天候時にも濡れることはありませんが、徒歩で5分から10分程度を要します。

通勤や通学での乗り換え時、離れていることは不便に感じる面もありますが、意外にも昔よりは近くなりました。
かつては今以上に離れていた両線の改札口は、どんな位置関係だったのでしょうか。
少し離れている二つの町田駅
小田急で乗降人員の3位を誇る町田駅は、横浜線との乗り換えができる駅でもあります。神奈川県内を走りながらも、小田急沿線から横浜方面に行くルートはそこまで多くなく、町田駅が果たす役割は大きいといえるでしょう。
両線が交わるのは、町田駅を出た小田急の小田原寄りと、横浜線の八王子寄りで、ほぼ直角に線路が立体交差しています。
小田急が上、横浜線は下を通っており、これは開業時から変わっていません。
交差部に近い位置にある小田急の駅に対して、横浜線は少し離れた場所にホームが設けられています。
駅舎が八王子寄りにあるため、改札口間の距離は短くされていますが、乗り換え時にはそれなりに歩く必要がある位置関係です。
距離としては300mぐらいになるようで、混雑時以外は5分程度を要します。
乗り換えの面では、便利とはいえない位置関係の町田駅ですが、元々は今以上に離れていました。
現在の位置関係は移転によって実現したもので、これでも近くなっていることになります。
移転前の位置関係
現代においても近くはない町田駅ですが、以前は今以上に不便な位置関係でした。横浜線の駅があった場所は、現在の町田市立中央図書館がある付近一帯で、小田急の駅とは直線距離で600mほど離れていたことになります。
乗り換えの際に走る人が多かったことから、駅間を連絡する道路は「マラソン道路」等と呼ばれていたそうです。
地元の反対等を調整し、1980年に横浜線の町田駅が八王子寄りに移転したことで、現在の位置関係となりました。
移転後も駅が少し離れているのは、地元との調整が行われた名残であり、以前の位置にも横浜線のターミナル改札口が残されています。
横浜方面へのアクセスを担う路線として、横浜線は重要な存在となっていますが、かつての町田付近は単線という驚きの状態でした。
路線自体の複線化が始まったのは1967年で、町田駅までが複線になったのは1979年のことです。
駅の移転が行われる前年まで単線だったわけですが、今の利用状況からは信じられませんね。
おわりに
開業までの経緯により、今以上に離れていた小田急と横浜線の町田駅。移転に至るまでの歴史にも興味深い点があるため、近いうちにまとめたいと思います。


コメント
コメント一覧 (19)
ワタシダ
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そのついでに1段上げて踏切撤去して欲しい。
ついでに言えば、相模大野と町田の間の複々線化もして江ノ島線を実質的に町田まで延伸してほしいです。
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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元々1969年6月20日に「原町田ショッパーズプラザ(ダイエー原町田店)」としてオープンして、
1970年にはハンバーガーショップのドムドム1号店がオープンしました。
(マクドナルドの1号店がオープンしたのは翌71年なので、町田のドムドムが日本初のハンバーガー店)
3月で名前が消えるロッテリアも詳しい閉店時期は判りませんが、現在のルミネの場所にありましたね。
ワタシダ
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町田といえば、大丸百貨店(今のモディ)上層階にあったお好み食堂かご馳走でした。
ワタシダ
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これが町田を発展させた要因の一つなのかなーって思ってます。
でも、乗り換えで使う人には不便でしょうね…
ワタシダ
が
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ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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町田駅周辺の小田急の駅〜横浜線の駅(例:相模大野〜鴨居)でも、新宿や小田原経由では1枚の定期券で購入出来るのに、町田経由は1枚の定期券で購入出来ませんでした。
ワタシダ
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「しんはらまちだ」
なんという懐かしい響きでしょうか。
この名称の時代、1973年頃だと思いますが、まだ小田急デパートができる前の、昔のこの駅に一度だけ下車した記憶があります。
ここから30分に1本のバスで桜美林大学まで行きました。(姉の大学受験の手続きにひょこひょこついていきました。)
帰りはバスで相模大野に回ってそこから乗車しましたので、
この旧駅時代の新原町田には、この時が唯一の下車になってしまい、
旧駅での乗車経験がないまま今の立派な駅になってしまいました・・・。
ワタシダ
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もし小田急がこのルートで開業したら、横浜線との乗り換えは当時より便利でしたでしょうし(現在もかつてと比べて距離はあれど多少便利にはなりました)、横浜線の駅が現在の場所(旧・原町田より八王子方)に移転することもなかったでしょうね。
ワタシダ
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ワタシダ
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ワタシダ
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