江ノ島線の終点で、駅舎が竜宮城になっていることでも有名な小田急の片瀬江ノ島駅。
付近には複数の路線が集まっていますが、観光地である江の島に最も近いのは、小田急の駅となっています。

江の島にある各路線の駅は、小田急が片瀬江ノ島駅、江ノ電が江ノ島駅、湘南モノレールが湘南江の島駅を名乗っています。
最も江の島に近い小田急が片瀬江ノ島という駅名になっていますが、背景には江の島をめぐるかけ引きがあったようです。
現在は建て替えによって2代目となっていますが、開業時から駅舎は竜宮城を模したものとされ、地域のシンボル的存在となっています。
小田急の駅は、有名な観光地である江の島に最も近い場所にありますが、駅名としての江ノ島は江ノ電が使用しており、各路線の駅名は異なるものとされました。
意外なのは、江の島から小田急よりも離れている江ノ電が、江ノ島駅を名乗っていることで、湘南モノレールの駅名も含め、各路線の駅名が異なっています。
駅名を片瀬江ノ島とした小田急ですが、開業前の段階では江ノ島駅とする予定でした。
片瀬海岸が近いこともあり、最終的には片瀬江ノ島駅となりましたが、背景には江ノ電とのかけ引きがあったようです。
資本関係がないどころか、江ノ島線が開業する時期においては競合路線であり、小田急が藤沢駅でスイッチバックをすることにも繋がったといわれています。
江ノ電の江ノ島駅は、明治時代である1902年に開業しました。
小田急よりもかなり歴史がある駅ということになりますが、開業時の駅名は片瀬であり、江ノ島は含まれていません。
駅名が改称されたのは1929年3月のことで、この時から江ノ島を名乗るようになりました。
改称のタイミングに注目すると、小田急の江ノ島線が開業する1ヶ月前であることに気付きます。
これは小田急の開業をにらんでの改称で、観光客の誘致に関わるかけ引きによるものでした。
江ノ電の駅名が改称されたことで、直線距離で400mほど離れる小田急は困ったことになります。
最も江の島に近い場所にはあるものの、離れている江ノ電と同じ駅名とするわけにもいかず、変更する必要が生じてしまったのです。
そこで、片瀬海岸が近いというメリットを活かし、片瀬江ノ島という駅名が誕生しました。
面白いと感じるのは、江ノ電が捨てた片瀬という駅名をもらっている点で、そういった面でもかけ引きがあったのでしょうかね。
昔は行先の案内表記等が江ノ島に省略されていましたが、そんなところにも江の島をめぐる小田急の想いが表れていたのかもしれません。
付近には複数の路線が集まっていますが、観光地である江の島に最も近いのは、小田急の駅となっています。

江の島にある各路線の駅は、小田急が片瀬江ノ島駅、江ノ電が江ノ島駅、湘南モノレールが湘南江の島駅を名乗っています。
最も江の島に近い小田急が片瀬江ノ島という駅名になっていますが、背景には江の島をめぐるかけ引きがあったようです。
江ノ島の予定だった小田急の駅名
1929年に開業した江ノ島線は、終点の駅名を片瀬江ノ島としました。現在は建て替えによって2代目となっていますが、開業時から駅舎は竜宮城を模したものとされ、地域のシンボル的存在となっています。
小田急の駅は、有名な観光地である江の島に最も近い場所にありますが、駅名としての江ノ島は江ノ電が使用しており、各路線の駅名は異なるものとされました。
意外なのは、江の島から小田急よりも離れている江ノ電が、江ノ島駅を名乗っていることで、湘南モノレールの駅名も含め、各路線の駅名が異なっています。
駅名を片瀬江ノ島とした小田急ですが、開業前の段階では江ノ島駅とする予定でした。
片瀬海岸が近いこともあり、最終的には片瀬江ノ島駅となりましたが、背景には江ノ電とのかけ引きがあったようです。
江ノ島をめぐるかけ引き
現在は小田急の完全子会社となっている江ノ島電鉄ですが、元々は資本関係がありませんでした。資本関係がないどころか、江ノ島線が開業する時期においては競合路線であり、小田急が藤沢駅でスイッチバックをすることにも繋がったといわれています。
江ノ電の江ノ島駅は、明治時代である1902年に開業しました。
小田急よりもかなり歴史がある駅ということになりますが、開業時の駅名は片瀬であり、江ノ島は含まれていません。
駅名が改称されたのは1929年3月のことで、この時から江ノ島を名乗るようになりました。
改称のタイミングに注目すると、小田急の江ノ島線が開業する1ヶ月前であることに気付きます。
これは小田急の開業をにらんでの改称で、観光客の誘致に関わるかけ引きによるものでした。
江ノ電の駅名が改称されたことで、直線距離で400mほど離れる小田急は困ったことになります。
最も江の島に近い場所にはあるものの、離れている江ノ電と同じ駅名とするわけにもいかず、変更する必要が生じてしまったのです。
そこで、片瀬海岸が近いというメリットを活かし、片瀬江ノ島という駅名が誕生しました。
面白いと感じるのは、江ノ電が捨てた片瀬という駅名をもらっている点で、そういった面でもかけ引きがあったのでしょうかね。
おわりに
駅名を江ノ電に改称されたことで、小田急の駅は片瀬江ノ島を名乗ることになりました。昔は行先の案内表記等が江ノ島に省略されていましたが、そんなところにも江の島をめぐる小田急の想いが表れていたのかもしれません。


コメント
コメント一覧 (13)
ワタシダ
が
しました
「行先の駅名表記は正しく」という考え(あるいはお達し?)の影響かと思われます。
同じように種別表記も「各停」から「各駅停車」になりました。
ただ、個人的には各駅に停まる種別として「各停」があるでいいのではと思うのですが。
いずれにしても利用者の声も関係してると思われます。
「江ノ島行きに乗ったら片瀬江ノ島で降ろされた」って苦情があったのは想像に難くありません。
ワタシダ
が
しました
現在は両社とも同じ小田急グループですし、また観光客目線としても江ノ島そのものへのアクセスなら小田急、あの辺り一帯の観光を楽しむなら江ノ電と、ちょっとした使い分けが出来ると思います。
ワタシダ
が
しました
昨今は、JR湘南新宿ラインのやうな行き先に変わってしまい、沿線で生活していても、江ノ島や箱根のことを忘れてしまうくらいです。潤いが感じられないと思うのは私だけでしょうか。
ワタシダ
が
しました
(当時、大船~茅ヶ崎間の私鉄が建設される予定で、開通した場合は支障し撤去しなければいけない為)
紆余曲折があって、その路線の免許は1930年1月に失効して登記は「仮」から「本設」に書き換えられた。
それを見越してか、建設費は約18000円と当時としてはかなり高額だった。(当時、省線の初乗りが5銭)
画像コード
ワタシダ
が
しました
空中電鉄がこの「駅名問題」に関係したかはわかりませんし、江ノ電の桟橋線計画の存在など、江の島島内になんとか乗り入れられないか、あるいは、せめて近くまで行かれないかは、いくつもの鉄道が免許申請などしながら模索したようですが、それらが設置する計画の駅名にまでどの程度影響したのは、知りたいところですね。
ワタシダ
が
しました
かつて車両の行き先表示は「江ノ島」と「片瀬」が省略された状態の表示でしたが、江ノ電の駅との区別という意味合いもあり、3000形登場時からは「片瀬江ノ島」表示となり、他の車両もこの表示に統一されました。EXE以降のロマンスカーでは列車名と行先を併記するようになりましたが、「えのしま」号の片瀬江ノ島行きはどう表示されたのでしょうね(2000形は江ノ島線での定期運用こそないものの片瀬江ノ島行きの行先に「江ノ島」のLEDを表示した写真があったそうです)?
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
最近は相模大野では行き先としてほとんど見られなくなったのが寂しいです。
ワタシダ
が
しました