20両がリニューアルされずに残り、新型ロマンスカーによって置き換えられることが決まっている30000形(EXE)。
従来の小田急ロマンスカーからは大胆に変化したため、登場時は物議を醸しました。

1996年に運行を開始したEXEはデビュー30周年を迎え、それに合わせた企画も色々と行われる予定です。
もう30年も経ってしまったのかというのが率直な気持ちですが、せっかくなので登場当時の印象を振り返ってみようと思います。
ロマンスカーの基礎となった3000形(SE)が引退し、20000形(RSE)に世代交代が行われた時期でもあり、少しずつ伝統のスタイルにも変化が起きつつあった頃でしょうか。
当時の最大勢力といえば、7編成が在籍していた3100形(NSE)であり、2本に1本程度の割合で来るという感覚でした。
更新はされていたものの、それ以外の車両に比べると古くさい印象は拭えなかったように思います。
不思議なもので、引退から時間が経てばよさも分かるようになりますが、当時はやたら走ってくるぼろいロマンスカーと思っていました。
そんなNSEもSEに続いて置き換えられることが決まり、1996年3月23日に最初の20両がデビューすることとなります。
最大勢力であったNSEという存在が、EXEの登場によって減り始めた瞬間でした。
車体はブロンズの1色にレッドのアクセント、流線形の前面スタイルですらなくなってしまい、特急車と一般車の中間のようなスタイルに仕上がっています。
こんなのはロマンスカーではないというような声も耳にし、とにかく様々な意見がありました。
一方で、日常の足としての利用が増えていた時代において、車内を中心に最適化が図られていたことから、通勤利用等の面では好意的な意見が多かったように思います。
私はといえば、鉄道雑誌等でEXEという存在を知ることとなり、予想できないような車両の登場にとにかく驚かされました。
見た目の良し悪しは別として、4両と6両が繋がっている10両のロマンスカーという存在に、新鮮さを強く感じたというのが正直な感想です。
ぼろい車両が置き換えられて、近未来的に感じる車両に変わっていく、それはそれで楽しみな面もありました。
EXEの増備が進む頃、7000形(LSE)に対してはリニューアルが行われ、10000形(HiSE)に準じたカラーリングに変化していきます。
NSEが数を減らしていく中でのリニューアルにより、昔ながらのカラーリングは急速に数を減らしていくこととなりました。
新鮮さを感じていた登場時から数年が経ち、EXEはNSEの置き換えを完了することとなります。
全盛期だったNSEと同じく、EXEはやたら走ってくるロマンスカーとなり、あっという間に主力車両となっていました。
そして、車両の布陣に合わせるかのように、運行スタイルも日常利用を重視するものに変化していくこととなります。
デビューから30年が経過した今、この車両に対する評価は変わってきているようにも感じており、当時の方針転換自体は成功だった面もあるように思います。
従来の小田急ロマンスカーからは大胆に変化したため、登場時は物議を醸しました。

1996年に運行を開始したEXEはデビュー30周年を迎え、それに合わせた企画も色々と行われる予定です。
もう30年も経ってしまったのかというのが率直な気持ちですが、せっかくなので登場当時の印象を振り返ってみようと思います。
最大勢力を置き換えたEXE
1990年代のロマンスカーといえば、展望席を備えた連接車というのが定番のスタイルでした。ロマンスカーの基礎となった3000形(SE)が引退し、20000形(RSE)に世代交代が行われた時期でもあり、少しずつ伝統のスタイルにも変化が起きつつあった頃でしょうか。
当時の最大勢力といえば、7編成が在籍していた3100形(NSE)であり、2本に1本程度の割合で来るという感覚でした。
更新はされていたものの、それ以外の車両に比べると古くさい印象は拭えなかったように思います。
不思議なもので、引退から時間が経てばよさも分かるようになりますが、当時はやたら走ってくるぼろいロマンスカーと思っていました。
そんなNSEもSEに続いて置き換えられることが決まり、1996年3月23日に最初の20両がデビューすることとなります。
最大勢力であったNSEという存在が、EXEの登場によって減り始めた瞬間でした。
新鮮さを強く感じた10両のロマンスカー
展望席はなく、連接車でもない、愛称には「SE」という表現も入らない、EXEはないない尽くしの新型ロマンスカーとなりました。車体はブロンズの1色にレッドのアクセント、流線形の前面スタイルですらなくなってしまい、特急車と一般車の中間のようなスタイルに仕上がっています。
こんなのはロマンスカーではないというような声も耳にし、とにかく様々な意見がありました。
一方で、日常の足としての利用が増えていた時代において、車内を中心に最適化が図られていたことから、通勤利用等の面では好意的な意見が多かったように思います。
私はといえば、鉄道雑誌等でEXEという存在を知ることとなり、予想できないような車両の登場にとにかく驚かされました。
見た目の良し悪しは別として、4両と6両が繋がっている10両のロマンスカーという存在に、新鮮さを強く感じたというのが正直な感想です。
ぼろい車両が置き換えられて、近未来的に感じる車両に変わっていく、それはそれで楽しみな面もありました。
EXEの増備が進む頃、7000形(LSE)に対してはリニューアルが行われ、10000形(HiSE)に準じたカラーリングに変化していきます。
NSEが数を減らしていく中でのリニューアルにより、昔ながらのカラーリングは急速に数を減らしていくこととなりました。
新鮮さを感じていた登場時から数年が経ち、EXEはNSEの置き換えを完了することとなります。
全盛期だったNSEと同じく、EXEはやたら走ってくるロマンスカーとなり、あっという間に主力車両となっていました。
そして、車両の布陣に合わせるかのように、運行スタイルも日常利用を重視するものに変化していくこととなります。
おわりに
伝統のスタイルから大きく変わったEXEですが、時代に合わせた挑戦的な車両としてとらえれば、また違った印象を抱く面もあるのではないでしょうか。デビューから30年が経過した今、この車両に対する評価は変わってきているようにも感じており、当時の方針転換自体は成功だった面もあるように思います。


コメント
コメント一覧 (21)
ワタシダ
が
しました
製造した編成数から名車・3100形の置き換え目的であるのは明らかでしたが(つまり3100形の余命宣告でもありました)、登場時は「すぐにでも乗りたい」と思ったものです。
(なお、個人的には小田急の特急車の中では今は亡きHiSEが一番好きでした)
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
ハード面だけではなく、「サポート」や「ホームウェイ」いう愛称も、公募で決まった記憶ですが、正直なところ「?」という思いで見ていました。
海老名などは、これが停車するようになったことで、街も発展したというような成功譚として語られるような気もしますが、東京通勤圏が拡大しただけにも思えます。
ロマンスカーの多数派はEXEαです。特別な乗り物としての「魔法」は、いつか解けるでしょうね。
ワタシダ
が
しました
EXEの「反省」からVSEでは連節構造と展望車を復活させましたが、その特殊性ゆえに更新を断念して早期に廃車せざる得なかったことを考えると、EXE開発の方向性自体は間違ってなかったのかもしれませんね。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
3100系NSEは小学生の時に家族で箱根に旅行に行ったり、家族で都心に出かけた帰りに乗ったりして、本当に一番楽しく幸せな時代の車両でした。
これに対して30000系EXEは、ブラック企業でこき使われて夜遅くまで残業になって、新宿から満員の通勤車両に立って乗る体力も残されておらず、なけなしの安月給をはたいて乗る車両です。
そのような意味から、30000系には全く夢がなく、3100系の足元にも及びません。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
何より驚くのが371系を参考にしてこれが出てくるのが信じられない
ワタシダ
が
しました
EXEですが、それまでのロマンスカーとは利用目的を大きく一変させ、単なる観光利用のみならず通勤などの日常利用へとシフトさせる目的で導入された一方、これが却って仇となったのかファンからの不評を買ってしまい、歴代ロマンスカーで唯一ブルーリボン賞を逃してしまったのが残念なところでしょうか。この頃から相模大野や秦野など、町田以外の途中駅におけるロマンスカー停車駅が増加するようになったので、EXE導入による日常利用が如何に影響したかを物語っとりますね。
後のVSEでは展望席や連節台車など原点回帰を意識した設計に戻りましたが、MSE以降は再び日常利用を意識した設計とされたので、EXEでの成果や功績がその後のロマンスカーにも反映されたことが窺えます。
ワタシダ
が
しました
箱根湯本に行く車両が大いに越したことはないですし、えのしまは多分3両でも足りるはずです。
ワタシダ
が
しました
後東洋電機製モーターのTDK-6335-AがTKM-98(東洋電機製)見たいな、唸りをあげるタイプがあり個人的には結構好きですね。
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました
ワタシダ
が
しました