1980年代の前半にデビューし、当時流行していたデザインが色濃く反映された7000形(LSE)と8000形。
どちらも小田急の中では長寿命という点で共通しており、8000形は今も半数が現役で活躍中です。

後継形式よりも長生きしたという点でも共通する2形式ですが、どのような要素がそうなった背景にあるのでしょうか。
1983年には8000形もデビューし、小田急の車両は角型ライトという時代に入っていきます。
登場時こそ注目された両形式ですが、カラーリングを大胆に変更した10000形(HiSE)と、小田急初のオールステンレス車体を採用した1000形が登場した後は、どちらかというと地味な存在となりました。
目立たなくなるのも無理はなく、ロマンスカーは20000形(RSE)がダブルデッカーを採用する等、特徴的な車両が続いていきます。
通勤型車両も同様で、1000形はワイドドア車を筆頭に様々なバリエーションを展開し、2000形へと昇華していきました。
LSEと8000形は尖った特徴がなく、攻めた設計の後輩車両が増えていく中で、どうしても目立たなくなってしまいます。
しかし、後輩形式の引退が先行するといった流れの中では、その古さがかえって注目されることとなり、晩年に人気が出るという事象が発生しました。
比較的早い段階で、リニューアルに着手していたというのもありますが、長生きの秘訣はそれだけではないと考えています。
前述したとおり、LSEと8000形はとにかく地味な存在でした。
どこか脇役的な要素があり、来てもあまり面白いとは思わない、私にとってはそのような車両であったことを思い出します。
少し見方を変えると、両形式はオーソドックスにまとめられていたという点で共通し、各編成の基本要素は統一されていました。
LSEは11両編成が4本という布陣で、ロマンスカーの標準的な本数で増備が終わります。
8000形は4両と6両が16本ずつとされ、後年に10両で運行する際に役立つこととなりました。
技術的な面では、変な制限が生まれない範囲で新しい要素を盛り込み、他は実績のあるものを採用したという点でも共通します。
リニューアルによって改められた部分もありますが、編成の布陣が揃っていたというのは、その際にもプラスに作用しました。
先行して引退した後輩車両は逆の要素を持ち、ハイデッカーや編成形態の複雑さは、扱いにくさへと繋がっていきます。
昭和の終わりと平成の初期において、車両には異なる要素が求められたようにも感じており、そういった部分が大きく影響したのではないでしょうか。
そのバランスのよさは長寿命化へと直結し、長く活躍することに繋がったように思います。
どちらも小田急の中では長寿命という点で共通しており、8000形は今も半数が現役で活躍中です。

後継形式よりも長生きしたという点でも共通する2形式ですが、どのような要素がそうなった背景にあるのでしょうか。
比較的地味な存在だった2形式
約18年ぶりの新型ロマンスカーとして、1980年にLSEがデビューしました。1983年には8000形もデビューし、小田急の車両は角型ライトという時代に入っていきます。
登場時こそ注目された両形式ですが、カラーリングを大胆に変更した10000形(HiSE)と、小田急初のオールステンレス車体を採用した1000形が登場した後は、どちらかというと地味な存在となりました。
目立たなくなるのも無理はなく、ロマンスカーは20000形(RSE)がダブルデッカーを採用する等、特徴的な車両が続いていきます。
通勤型車両も同様で、1000形はワイドドア車を筆頭に様々なバリエーションを展開し、2000形へと昇華していきました。
LSEと8000形は尖った特徴がなく、攻めた設計の後輩車両が増えていく中で、どうしても目立たなくなってしまいます。
しかし、後輩形式の引退が先行するといった流れの中では、その古さがかえって注目されることとなり、晩年に人気が出るという事象が発生しました。
長生きに繋がったバランスのよさ
HiSEやRSE、1000形の半数が先行して引退したのに対し、LSEと8000形は長く活躍するという結果になります。比較的早い段階で、リニューアルに着手していたというのもありますが、長生きの秘訣はそれだけではないと考えています。
前述したとおり、LSEと8000形はとにかく地味な存在でした。
どこか脇役的な要素があり、来てもあまり面白いとは思わない、私にとってはそのような車両であったことを思い出します。
少し見方を変えると、両形式はオーソドックスにまとめられていたという点で共通し、各編成の基本要素は統一されていました。
LSEは11両編成が4本という布陣で、ロマンスカーの標準的な本数で増備が終わります。
8000形は4両と6両が16本ずつとされ、後年に10両で運行する際に役立つこととなりました。
技術的な面では、変な制限が生まれない範囲で新しい要素を盛り込み、他は実績のあるものを採用したという点でも共通します。
リニューアルによって改められた部分もありますが、編成の布陣が揃っていたというのは、その際にもプラスに作用しました。
先行して引退した後輩車両は逆の要素を持ち、ハイデッカーや編成形態の複雑さは、扱いにくさへと繋がっていきます。
昭和の終わりと平成の初期において、車両には異なる要素が求められたようにも感じており、そういった部分が大きく影響したのではないでしょうか。
おわりに
1980年代前半に登場したLSEと8000形は、オーソドックスにまとめられた実用的な車両でした。そのバランスのよさは長寿命化へと直結し、長く活躍することに繋がったように思います。


コメント
コメント一覧 (7)
えー?そうですかねぇ。特に8000は長寿命仕様車体で、屋根板と床板がステンレスになってますし、下降窓特有の問題をほぼ完全に排除できた最初の形式ですし、広幅貫通路をやめてごく普通の貫通路になっていて、引き戸の方向が統一されているなど、意欲的な試みは多かったと思いますけどね。
LSEはNSEの延長線上にあって、特急増発のためのモデルチェンジだと言えるので、機器の面ではやや保守的な構造となっていましたが、特急車ですから、CPが新型低騒音のC-2000Lになったとか、屋根上のクーラーが一体キセになってデザイン的にすっきりしたとか、自動回転シートになってるとか、なんと言っても初の電気指令式ブレーキと、それに伴う右手操作ワンハンドルマスコンで、運転士の足回りが窮屈な問題を一気に解決とか、やはり意欲作だと思いますがねぇ。
ワタシダ
が
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当時の小田急の線路事情に合わせた保守的な性能になっていますね。
どちらも従来車からのモデルチェンジまでの期間が空いたので、それなりに期待されて登場したこともあり、
個人的に地味な印象はあまり無かったですね。
ワタシダ
が
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その後の昭和58年2月、大野工場に停まっている8000系を車内から見た時の衝撃も忘れられません。待ちに待った新形式の登場を目の当たりにし、夢が現実になった感覚を覚えました。
その後の新形式の登場の際には、私はここまでの感動や衝撃を覚えたことは一度もありません。
10000系はそれまでの車両とは色が変わり過ぎており、小田急のロマンスカーとは思えず、正面から見てもはこね号だかあしがら号だがわからず、写真を撮る気になれませんでした。
1000系は、やはり白くない電車は小田急線とは思えず、9000系を四角っぼくして銀色にしただけであり、初めて見た時も全く感動しませんでした。
ワタシダ
が
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そもそも少数多種で固めてから車両回しができずに運休癖がついてる気がします
ワタシダ
が
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LSEと8000形のように後輩形式より長生きした形式としては他に旧5000形やEXEも当てはまります。これらの形式も8000形やLSEと同様の要素(地上専用車両、リニューアルの施工有無など)を持ち、それが結果的に長生きする秘訣となったことも似通う面があります。
8000形は最近になって西武に譲渡された編成もあり、今後も一部編成に譲渡計画がある他、HiSEやRSEは小田急からの早期引退は余儀なくされたものの、ロマンスカーミュージアムにて保存されたり(先日VSEも展示を開始しました)、一部が長野電鉄や富士急行に譲渡されたりと、第二の車生を歩んどることが分かります。
このように小田急の車両は先輩・後輩問わず、その車両の要素や特性が後年になってプラスやマイナスに作用したという見方もできますね。
ワタシダ
が
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ワタシダ
が
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(足回り以外なら攻めた設計は再就職選考では優位に働きますし)
HISEは引退が見えてしまいましたが、RSEが走る富士急行は205系を2年前に譲受したばっかりなのでまだまだ長生きしそうです。
LSEの第1・第2編成がHISE・RSE撤退の陰でしれっと廃車になったのは謎だった覚えがあります。
ワタシダ
が
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