ワンマン運転の開始に合わせるかのように、箱根登山線内に復活した赤い1000形。
以前とはデザインが変更されていますが、小田急の車両のみで運行される区間内において、誤乗防止等に寄与することとなります。
赤い1000形の歴史は2009年に始まり、途切れつつ今日まで続いていることになりますが、最初は3編成だけが用意されました。
後に1編成が追加されますが、少々謎の展開だったようにも思います。
公式には赤い1000形と呼ばれていなかったと思いますが、いつの間にかこのような表現が定着していったように記憶しています。

赤い1000形とされたのは、4両編成の1059Fから1061Fの3編成で、車体を全面的にラッピングすることで表現しています。
箱根登山線を走る車両と同様に、スイスのレーティッシュ鉄道にちなんだカラーリングで、当時の標準的なデザインに合わせられました。
当時は新松田駅から箱根湯本駅までを走る列車があり、車両も赤い1000形に統一されていませんでした。
他の車両に混ざって運用されましたが、2012年に小田原駅で系統を分離する対応がとられます。
それに合わせて1058Fが追加で赤い1000形に変更され、その後は4編成の体制となりました。
しかし、当初は3編成しか用意されなかったため、他の車両も日常的に運用される状態で、どこか中途半端な状態だったといえます。
後から1編成を追加していることや、その際に1062Fではなく1058Fが選ばれていることから、4編成への統一は当初の構想になかった可能性があります。
というのも、2010年度に3000形の10両化という動きがあり、4両の編成を減らしていく流れは、赤い1000形の登場より後にスタートしているためです。
さらに、足柄駅の徒歩圏内にAmazonの物流センターが建設され、2013年に稼働を開始しています。
この頃から螢田駅や足柄駅の利用者が増えており、周辺区間の6両化に繋がった可能性があります。
2012年に系統を分離する前の段階で、物流センターの情報は伝えられていたのでしょうから、事前に対策が進められたのかもしれません。
2012年といえば、5000形がダイヤ改正の前日をもって引退したタイミングでもあります。
4両の編成を減らす方針の中、新松田駅から小田原駅間の利用者が増加したことで同区間を6両化、箱根登山線内を赤い1000形に統一することにした、そういった流れなのかと考えました。
一部の編成だけという状態が少々中途半端でしたが、真相はどういったものだったのでしょうか。
以前とはデザインが変更されていますが、小田急の車両のみで運行される区間内において、誤乗防止等に寄与することとなります。
赤い1000形の歴史は2009年に始まり、途切れつつ今日まで続いていることになりますが、最初は3編成だけが用意されました。
後に1編成が追加されますが、少々謎の展開だったようにも思います。
後に1編成を追加した赤い1000形
2009年のダイヤ改正に合わせ、箱根登山線内を走行する赤い1000形が用意されました。公式には赤い1000形と呼ばれていなかったと思いますが、いつの間にかこのような表現が定着していったように記憶しています。

赤い1000形とされたのは、4両編成の1059Fから1061Fの3編成で、車体を全面的にラッピングすることで表現しています。
箱根登山線を走る車両と同様に、スイスのレーティッシュ鉄道にちなんだカラーリングで、当時の標準的なデザインに合わせられました。
当時は新松田駅から箱根湯本駅までを走る列車があり、車両も赤い1000形に統一されていませんでした。
他の車両に混ざって運用されましたが、2012年に小田原駅で系統を分離する対応がとられます。
それに合わせて1058Fが追加で赤い1000形に変更され、その後は4編成の体制となりました。
3編成だけでスタートした背景を考える
小田急から特急以外で箱根登山線に向かう際、乗り換えが必須に近い状態となったことから、視認性を向上させるために赤い1000形が生まれました。しかし、当初は3編成しか用意されなかったため、他の車両も日常的に運用される状態で、どこか中途半端な状態だったといえます。
後から1編成を追加していることや、その際に1062Fではなく1058Fが選ばれていることから、4編成への統一は当初の構想になかった可能性があります。
というのも、2010年度に3000形の10両化という動きがあり、4両の編成を減らしていく流れは、赤い1000形の登場より後にスタートしているためです。
さらに、足柄駅の徒歩圏内にAmazonの物流センターが建設され、2013年に稼働を開始しています。
この頃から螢田駅や足柄駅の利用者が増えており、周辺区間の6両化に繋がった可能性があります。
2012年に系統を分離する前の段階で、物流センターの情報は伝えられていたのでしょうから、事前に対策が進められたのかもしれません。
2012年といえば、5000形がダイヤ改正の前日をもって引退したタイミングでもあります。
4両の編成を減らす方針の中、新松田駅から小田原駅間の利用者が増加したことで同区間を6両化、箱根登山線内を赤い1000形に統一することにした、そういった流れなのかと考えました。
おわりに
運行開始当初は、他の小田急カラーの車両と混ざって運用された赤い1000形。一部の編成だけという状態が少々中途半端でしたが、真相はどういったものだったのでしょうか。


コメント
コメント一覧 (7)
駅ナンバは、通し番号になっています。
ワタシダ
が
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小田原から箱根湯本までは、あくまで箱根登山鉄道に乗り入れであって、小田原駅でも小さな登山電車を見ることができました。
そんな、小田急特有の直通運転も、特急のみとなり、さらに箱根登山鉄道なのに、小田急の車輛しか走らない、ちょっと変な事に成りました。
そういえば、赤い1000系の扱いはどうなって居るんでしょう?
箱根登山鉄道に転籍出向?
小田急籍のまま車輛使用料払ってる?
そもそも子会社で特急車も片乗り入れなので、いまさら小せえ事はどうでもいい扱い?
ワタシダ
が
しました
たまに小田急乗り入れ。
ワタシダ
が
しました
ですので、小田原から箱根湯本間を小田急電鉄に編入させるか、赤い1000系を箱根登山鉄道に譲渡するかして、矛盾を解消すべきです。これでかなりスッキリします。そのどちらも難しいなら、やはり小田原からの三線軌条の復活が急務です。
ワタシダ
が
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とは言え、最終的には赤い1000形で統一されることになりましたが、これには他形式の4両が1000形と性能が異なることも関係ありそうで、前記した旧5000形の廃車ともリンクする部分があります。そうなると8000形4両のリニューアル車が箱根登山線に乗り入れなくなった理由も察しがつきますが、今回の投稿を拝読した限りますます謎が深まるばかりですね。
ワタシダ
が
しました
なので1059F〜61Fが箱根登山鉄道カラーになったのは、この当該編成は小田急的に新松田で分割併合しない運用だよと言う意味合いもあったかもしれませんね。因みに1059F〜61Fが2012年までに急行運用に入ったのはイレギュラー以外無かったと記憶しています。
ワタシダ
が
しました